美容師ブログ 第2章 インターン時代からスタイリスト合格まで➀

2023年現在、高円寺でオーナー美容師をしています。
東京の窪田理美容専門学校を卒業し、インターン(今はこの制度はありません)から美容師を約30年近くしています。
これから、僕の美容室が気になって来店するお客様のための動機の一つの「どんな美容師さんなんだろう?」という経歴、人柄を来店前に理解してもらうという事と自分の歴史の一つに「プロフェッショナルの美容師育成のスクールの先生時代」があるため、美容師を目指す人の参考になればという思いがあり、書き進めようと思います。

上の写真は1999年4月からフジテレビ系列で火曜日の深夜に放送されていた番組「シザーズリーグ」石井竜也が「石井ビューティー」名義で司会をしていたものです。
2000年前後のヘアスタイルは「レイヤー」一色。
色はオレンジベースが多く、襟足・トップに多くのレイヤーが入り、動きや軽さが流行っていた。
この後の流行はカウンターで「山ガール」的なゆるく・重めに変化していきました。

伊豆の合宿研修

入社日を4月を迎える3月、入社する美容室には毎年、伊豆の研修合宿というイベントありました。
その当時の社会では普通の慣習であった”学生気分を抜いて、社会人への心構えの植え付け”的な物のようでした。
そのしごき役は思い出すだけで怖い教官。
(研修後、その怖い教官が配属先になる店長やスタッフなのですが、その時は本当に怖い!?の一言の存在でした。期間は3泊4日くらい)
当時、萩原宗美容室は都内10店舗位?
全国の美容専門学校から同期50人くらいはいたと思います。
入社後次々と退社をしていく事になるので4年くらいで1/3位になっていた。
合宿研修では、まず知らない美容専門学校の人でチームを作られます。
連帯責任の意識(植え付け)とチームプレイの徹底。
朝、起きると同時に時間厳守の点呼。
チームのメンバーが遅刻するとチーム内での連帯罰則があり、汗をかく筋トレが待っていました。
お客様の年齢やファッションから適切な雑誌を選んで、雑誌を変える訓練から、声出し。
「いらっしゃいませ」や「ありがとうございました」などいろいろ。
合同のランニングもあり、最後の日には各チームごとに出し物を考えて発表していました。
僕たちチームは今でも覚えていますが、絶対に今の時代コンプライアンス的に無理なのですが、全員パンツ一枚になり全身にサラダオイルを塗り、2人一組でシャンプーをするシチュエーションでマヨネーズをシャンプー代わりにして賞を取った思い出です(その後、お風呂場がめちゃくちゃで怒られました)
この時代は世の中に根性論が蔓延していましたので、合理的や効率的、コンプライアンスなど皆無。
合宿終了して、その後社長から辞令という形で店舗に配属という形だったと思います(30年前の記憶)
この時代特有の、昨日の敵は今日の友ではないですが、とても怖かった教官たちが実は現場の仕事になると、とてもやさしい先輩たちで本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。
今の時代はハラスメント徹底など、教える側・教わる側がお互いに意義ある時間で講義や実技を学んでいますが、サラリーマンの新人研修の担当した人の話を聞くと、合理的・効率的に物事を伝達できるように進化したのも事実です。

sohagiwara 萩原宗 美容室 カットの姿勢


しかし、お互いにコンプライアンスを意識しすぎると、どこまでが許容範囲か確認できず、付かず離れずで、他人行儀的な研修になる場合もあると伺いました。
人に無理な圧力を加えて、自己満足的な練習会や研修もよくないと思いますが、バランスはこれからの課題になると思います。
僕が経験した美容師の世界は師匠から弟子への技術の伝達でした。
とても真剣で情熱と共に厳しい所もありました。
パリにお住いのお客様がいます。
パリは建物やファッション、いたるところまでおしゃれな雰囲気に包まれていると言います。
歴史がなせるものやフランス人の性格的な物もあるでしょう。
反面、フランス製の家電や車は故障が多く、ドイツ製や日本製が選ばれると言います。
日本人の勤勉で努力を惜しまない姿勢はフランス人からも尊敬されています。
今の働き方改革もとても大切です。
しかし、合理的や効率的の裏にあるものは大切なものを失くしてしまう危うさもあります。
一つのものを真剣に続ける美しさは日本人のオタク気質にも通じますが、効率・合理だけではない職人気質の本質を極めようとする姿勢があります。
車のトヨタやスシ。
その先人たちの職人技術は世界中の人に感動を与え続けることだと思います。