80年代って実際どうだったんですか?
AW2021-22
Power Dressing
ここ数年パワーショルダーは定番化している。
タイトなミニスカートも登場。
Off-White
Balmain
Isabel Marant
Oversize
体のラインを覆う抽象的なシルエットが今季も見られる。
JW Anderson
Max Mara
Workout
今なら思い切りスポーティーにまとめるよりも、異なるムードのアイテムと。
Saint Laurent
Body-conscious
新世代デザイナーの間で目立つボディコンシャスはより大胆な肌見せに。
Nensi Dojakka
Maxmilian
Copermi
Acid Washed Jeans
80年代に支持されていたケミカルウォッシュが進化。色も様々。
Tom Ford
Marques Almeida
Skirts for Men
今や珍しくなくなっているメンズのスカートは今季もランウェイに。
Molly Goddard
Sporty
80年代に起こったスポーツウェアのファッション化。今季はスタジェンが。
Celine
Junya Watanabe
Gorgeous
華やかな色柄に大胆なフォルムは80年代的。水玉や花柄も人気だった。
Balenciaga
ユナイテッドアローズ上級顧問
クリエイティブディレクション担当
栗野宏文さんに聞く
80年代って実際どうだったんですか?
栗野さんは1985年からパリコレクションに行かれているんですよね。
栗野 商業主義や過剰なデザインがメジャーだった80年代にシンプルシック
なスタイルを貫いていたアニエスベーは現場で見たいブランドのひとつでしたね。
アニエスベーは「リセエンヌ·ファッション」を譲っていた雑誌『オリーブ』の影響もあって、日本で大人気だったんですよね。
栗野 アノニマスだけどちょっとエスプリが効いていて、衝撃でしたよ。
絶対日本人に受けますよね。
80年代は、ティエリー.ミュグレー やクロード·モンタナ に代表される、肩幅が広く、構築的なシルエットのパワードレッシングが主流、というイメージがありますが…。
栗野 モードの頂点は豪箸で女性らしいスタイルでした。
彼らはそのアンチとして出てきたんですね。
マックスマーラのアイコニックなダブルのコートを生み出したアンヌ·マリー.ベレッタ、ポップカルチャーを参照したジャン·シャルル·ドゥ·カステルバジャックなども同様でした。
ミュグレーはキッチュなくらいに「セクシーさ」を誇張し、モンタナは彫刻的な造形美をとことん追求していました。
ミュグレーやモンタナのようなスタイルに対して、黒を多用し、体のラインを見せないコムデギャルソン、ヨウジヤマモトが「黒の衝撃」と言われたのかと思っていましたが、双方ともメインストリームのアンチという存在だったのですね。
パワーショルダーやオーバーサイズはここ数年、またずっと支持されています。
栗野 80年代後半のパリでは、「コムデギャルソンとヨウジヤマモト抜きにはファッションは語れない」みたいな感じになっていました。
日本では「DCブランド」(D=デザイナーの名を前面に打ち出すブランド、C=デザイナーの名を立てないが明確な特性を持つキャラクターブランド)として流行
っていて、それらをまとった全身黒ずくめの人たちが「カラス族」と呼ばれていましたが、世界でもそんなに話題になっているとは思っていませんでした。
コンサバティブなものがあんまり通用しなくなって、世の中が脱西洋的な新しさを求めていた転換期だったんですね。
80年代末に注目されたロメオ·ジリもエスニックな要素を用いて人気でした。
今こそ評価したいデザイナーです。
ジャン=ポール· ゴルチェがシグネチャーのコルセットや男性用のスカートを発表したのも80年代だったようですが、彼もアンチの1人だったのでしょうね。
栗野 「パンク」がファッションのキーワードになったのは80年代です。
彼はそれを体現し、ファッション界の「アンファン·テリブル(恐るべき子ども)」と言われていました。
ゴルチエと関係が深いマドンナのスタイルもリンクしそうです。
それまではパリがファッションの中心地でしたが、ミラノコレクションが盛り上がってきたのも80年代だとか。
栗野 ジョルジオアルマーニやヴェルサーチェなどのおかげでしょうね。
83年にスタートしたモスキーノものちに注目を集めます。
日本でも80年代末に、アルマーニのようなニュートラルな色合いのゆったりとしたいわゆる「ソフトスーツ」が20~30代の社会人を中心に支持されました。
NYのダナ キャラン (T)などが提案した服も同じ層に受けたのでしょうか。
2021-2年秋冬、サンローランがメタリックカラーのボディスーツを発表していましたが、こうしたスタイルにも80年代の薫りを感じます。
栗野 80年代はアメリカを中心に「健康がおしゃれ」とされ、ワークアウトが流行ったんです。
ランDMCに代表されるヒップホップ系ファッションもスポーツッウェアを「ファッション」に格上げした一因でした。
「ストリートウェア」という言葉が生まれたのもこの頃からだと思います。
スポーツウェアは今やすっかりファッションの定番となっていますよね。
今季はスタジャンがいくつか出ていますが、ラルフ ローレンのようなプレッピーな感じもその流れにありそうな。
ロンドンには、スローガンTシャツで名を馳せたキャサリン ハムネットなどがいましたね。
栗野 僕が80年代で一番強調したいのはロンドンの動きです。
スタイリストのレイ·ペトリがリーダー的存在で、器盤『The Face』や『i-D』などで活躍した集団「バッファロー」や、ジュディ·ブレイムやクリストファー・ネメスといった才能が集ったスタジオ兼ショップの「The House of Beauty and Culture」がありました。
「お金がないならアイデアで勝負」ということで、いち早くアップサイクルの手法が用いられていたんですね。
またパリに戻ると、83年からシャネルをカール·ラガーフェルドが手がけるようになります。
栗野 カールはキャッチーなものづくりがうまかった。
ラグジュアリーブラーンドはまだ限られた層にしか受け入れられていませんでしたが、もう少しアクセシブルになるきっかけになったのではないでしょうか。
80年代は大量生産が進み、プレタポルテが本格化した時代ですね。
ボディコンシャスなスタイルを打ち出したアズディン·アライァも80年代の代表的なデザイナーというイメージです。
栗野 すごく高価だったのであまり世の中に出回ってはいませんでしたが、とても美しい服でした。
80年代後半日本のストリートやディスコで見られた「ボディコン」に影響を与えています。
若手デザイナーを中心に、最近ボディコンシャスがよく見られるようになりましたが、80年代とはマインドが異なりそうです。
栗野 80年代は、「絵に描いたような”セクシー”が流行っているからやってみようかな」という感じだったかも。
今は、「○○が見えちゃいけない」とか、そうした男性側の目線は関係なく、自発的にもっと女性であろうとしていますよね。
新型コロナウイルスの感染拡大で、極論すれば明日死ぬかもしれないのに、おとなしくなんかしていられないよという気持ちの表れなのではないでしょうか。
80年代といえば、華やかな色柄を大胆に用いたクリスチャン·ラクロワも思い浮かびます。
栗野 80年代後半になると、アントワープシックス、マーク ジェイコブス 、マルタン·マルジェラなど、90年代を牽引するキーパーソンたちも頭角を現してきますよ。
こうして振り返るといろいろなスタイルが生まれていましたね!
栗野 景気が良かったので大胆なものづくりに挑戦でき、新興勢力もどんど
ん出てきました。
平和で、立ち向かうべき巨大な敵もいなかった時代。
消費者もファッションにエネルギーをかける気持ちになれました。
「流行りには乗れ」という考え方が主流で、大多数が今で言う「バズ」や「映え」と似たマインドを持っていたと思います。
変なものもたくさんあって、バブル崩壊でマイナスなことばかり言われてしまいますが、クリエイティブなことにお金が使われた、というのはいいことだったのではないかと思うんです。