渡辺淳弥 JUNYA WATANABE

渡辺淳弥流のディレクション
田村哲也:加茂(「Mos’s hair」加茂克也)は、渡辺さんのコレクションのヘアを担当してどのくらいになりますか?

渡辺淳弥:もう10年くらいですか。
田村:でも毎回、ヘアメイクは加茂でとは決めていないですよね?
渡辺:決めていません、正直な話(笑)。
田村:でしょ。ある程度、作品のイメージができてきて「さてヘアは誰がいいかな」って決めているんですか。
渡辺:それも違うんです(笑)。毎回、いろいろ悩んだ末、加茂さんって決めるんですが、実はその時点ではまだ何も固まっていなくて…。
田村:えっそうなんですか!ほかのデザイナーの方って、大概はあらかじめ今回のショーのコンセプトやテーマとかの説明をして、サンプルがあれば何点か見せてくれて始めて「ヘアデザインは?」ってなるんです。確かに加茂も言っていましたが、渡辺さんは、何も見せてくれないそうですね(笑)。
渡辺:いや、見せないんじゃなく、見せられない。その時はまだサンプルがないから言えないんです(笑)。
田村:いろいろ服の傾向とか説明すると、相手がそこに合わせるのが嫌とか、そういう部分もありますか?
渡辺:それもちょっとあります。合わせるというか、自分が簡単に想像できるようなものだと、まず自分が感激しないですよね。スタッフたちにデザインのプランを話す時でも、具体的に言ってしまうと、それしか出てこなくなりそうだし、自分自身が探している状態ですから、抽象的な言い方になっていると思います。
田村:その方が、いい意味で想定外が生まれてくる。
渡辺:はい。だから加茂さんにはいつも詳しく説明せず、すぐに「何かやりたいものありますか?」って。
田村:二人でやるんですね。で、「あー」「うー」ってやりあう(笑)。
渡辺:そうなんですよ、思わず会話に困って「加茂さん、本当は何かあるんでしょ?」とか(笑)。
田村:でも、そのデザイン、採用だったんですよね。
渡辺:ええ、「よろしくお願いします」って。
田村:加茂は、最初のアイデアから、いろんなバリエーションを考え出すのが結構、上手いんです。
渡辺:そうですね。でも、だいたい最初のが一番いい。僕のもそんな気がします。(笑)。 仕事の悩みは仕事で解決する。気晴らしに遊んでも解決にはならない。田村:デザインをしていくうえで、ときどきは壁にぶつかることもあるんでしょ?
渡辺:図太いほうですが、実は繊細ですから(笑)。
田村:小説家が言う「筆が止まってしまう瞬間」みたいな時ってあるんですか?
渡辺:そんなカッコイイ感じではないですけどね(笑)。小説家の方は、一人作業なので止まってしまってもいいんでしょうけど、僕の場合は一人ではないので、何人もスタッフが待ってくれている状況ですから。僕が止まってしまうと、ほかの人の仕事が進まないので、無理やりにでもやるしかない。逆にそういう切迫感から見えてくるものもありますし。
田村:やっぱり、そうとうタフじゃないとできませんね。でも、一般の人はデザイナーって、午後に出社してきて、一言、「あれ、やっといた?」なんていう風な職業だと想像していますよね(笑)。
渡辺:「やっといた?」といって、できるならいいんですけど(笑)。
田村:その性格だと、朝、出社早いでしょ?
渡辺:最近は、だいたい8時半から9時の間くらいには出社しています。
田村:休みの日はどうですか?
渡辺:休みの日もやっぱり会社にきます。僕、仕事なくても来ないと何かこう、落ち着かないっていうか。
田村:そこで一人で絵とか描いたりするんですか?
渡辺:いや、絵なんか描かないですよ、掃除機かけたり(笑)。…恐いんです。ゆっくりするのが落ち着かないっていうか。ちょっとだけでも会社に顔出さないと気持ち悪いというか。何か、習慣みたいなものです。
田村:根っからの働きものですね?
渡辺:働くという感覚すらないんです。僕、趣味も何もないですから(笑)。これがなくなったら、何もやることがなくなっちゃう。そんなの困りますよ、本当に。
田村:ということは仕事が趣味なんですね。別の言い方をすれば、ストレス発散もすべて仕事じゃなきゃできないってことですよね。
渡辺:そうですね。結局、日々の悩みの大半は仕事の事。だから「仕事は仕事で解決しないと、気晴らしに遊んでも解決にはならない」って感じます。
田村:加茂は、加茂で「ちょっとヒント!」なんて(笑)。
渡辺:ええ。そういうやりとりがしばらくあって、お互いになんとなく打ち解けてきたなって感じのなかで、さらにまた悩む。そのうちに、加茂さんが大切そうに持参した汚い袋の中から、もぞもぞと人形(=モデルウイッグ)を出してくるんです。
田村:そうなんですか(笑)。
渡辺:それが本当にいつも不思議なんですけど、合うんです。毎回、何やろうかなって、加茂さんに会う前にすごく考えるんですね。今回は、ライダースジャケットを使う作品が多かったので、単純な話、ヘルメットのようなものができたらいいなと思っていたんです。でも、そういうの、恥ずかしくって言い出せないんです。すると加茂さんがそういうデザインを出してくれて「あ、それそれ!」ってなるんです。
田村:その時って、加茂はライダースを使うとか知らないんですよね。
渡辺:何も知らないです。スタッフさえ知らない。だから何で分かっちゃうんだろうって。きっと見るものの方向が同じなんでしょうね。だってプライベートでも付き合いがあるわけではまったくないのに。
田村:不思議ですね。今回はフェルトを短冊状に切って両端をまとめて広げるとヘルメットのような帽子になるでしょ。加茂がそれをつくってるのを見て「何やってるの?」って聞いたんです。「あのさ、それ、ヘアメイクの領域を逸脱してない?」って(笑)。
渡辺:しかも、その原案のフェルト、「敷いてあったマットから切ってきた」っていってました(笑)。
″デザイナーの仕事ですか?土建屋の現場監督のような感じですよ″
コムデギヤルソンに入社した時は、川久保玲さんのアシスタントだったんですか?
渡辺:いえ、パタンナーとして採用されました。でも、優秀なパタンナーではありませんでしたが…(笑)。
田村:では、川久保さんの物づくりを手伝った経験はあまりない?一般の人は、渡辺さんは川久保さんのお弟子さんで育ってきたと思っている人が多いですよ。
渡辺:そうなんですか!違います、違います。
田村:読んでる人も、びっくりだと思いますよ。ちなみに、川久保さんから何か具体的な指導をうけたこととかも?
渡辺:ほとんどないですね。川久保は、直に「1+1=2」のように教えるタイプじゃないんですよ。いつも考えさせられる。ベテランでも若い子でも、考えさせる仕事の仕方で仕事を覚えさせるんですよ。板前さんの世界でも言いますよね。「背中を見て盗め」って。そうやって仕事の全体像を見れるようにするんです。だからコムデギャルソンでは、一人のデザイナーがデザインはもちろん、ディレクションから予算の組みまで、ほとんどやる。僕も、いつも生地の原価から全部、電卓で計算してますよ。
田村:ええ、そうなんですか!意外だな。本当、プロ中のプロというか、仕事師って感じですね。でも一般的にデザイナーと言うと、もっと好き勝手にやってるイメージがありますが。
渡辺:僕も最初はそう思ってました(笑)。でも、どちらかというと土建屋の現場監督ですよ。生地余らせたら、時にはスタッフから「まずいんじゃないですか!」って怒られますし。本当です、社風なんです(笑)。
田村:よく大手のアパレル会社だと、マーチャンダイジングや、消費傾向などをリサーチして「じゃ、こんなデザイン」というふうに出しますよね。
渡辺:そうすればもっと売れるんでしょうね、きっと。
田村:でもそれはもう、世の中にすでにある動きをそのまま出しているだけ。渡辺さんはあえてそれとは違うアプローチをして、世の中がついてくるような物づくりをしているわけでしょ。そういう意味では、十分、多くの人達から支持されていると思いますよ。
渡辺:いやいや、まだまだです。 渡辺淳弥が考えるデザイナーに必要な要素とは?
田村:仕事に対する合格点はどこでつけますか?言い換えれば「JUNYA WATANABE」のレベルに達しているなって判断はどこでしますか?
渡辺:合格点ですか?作っていく段階で常にスタッフと取捨選択を繰り返していますから、どこで合格点を出すかというのは難しいですね。それと、そのときは良かったと思っても、後で見ると全然だめということもあります。だから作るのが年々、難しくなる。
田村:それは自分の見る目が上がっているからじゃないですか。では最後に一つだけお答えください。クリエイターに必要な要素って何だと思いますか?
渡辺:う~ん、やっぱり体力ですかね。病気していたらやれませんから仕事は。基本ですね。このページでそういうこと話す人いないですよね。本当は、もっとカッコいい言い方ができればいいんですが(笑)。