サブカルチャーの黒船、長髪&ミニ来襲!
’65年頃、それは突然やって来た。 大人達は、たちまち眉をひそめ、それから怒った。そんなふうに批難されることが、またかっこ良かった。
たいした考えがなくても髪さえ伸ばせば最先端。ミニスカートさえはけばファッショナブル。まだまだ反体制気取りもラクチンだったよな。
「エレキを聞くと不良になる!」 もはやナツメロとして老若男女の心をなごませてくれているベンチャーズ・サウンドを評して、大人たちはこう言った。
あのテケテケテケの伝統芸術的サウンドが、日本初上陸当時はムチャクチャ過激だったわけだ。
だが大人たちはさらにおそるべき風俗を目のあたりにするのである。
それは、66年、ビートルズ日本上陸とともにイギリスからやった来た。
男の長髪。
誰もそんなもん見たことなかった。
エレキ (=不良)の代表であったベンチャーズでさえ、初期の頃はアイビーカットだった。
「不潔!」(いったいどこが!?)に始まり、「日本人には似合わない」と来て、「モップヘア(雑布頭)」といってあざ笑っていた大人たちではあったが、その勢いは怖ろしいほど、 誰にもストップをかけることはできなかったのだ。
ヤケクソになった大人たちは、テレビで時代おくれの歌手がカツラをかぶっておどける姿を笑いとばし、むなしくウサをはらすしかなかった。
こうして、若者と大人の溝はファッションによってはっきり確認できるようになった。
それはロンドンから起こったファッション・レボルーション!とっても素敵な事件であったのである。
さて、アイビールックのように学生の中からジワジワと流行してきたファッションと違って、この長髪ファッションはビートルズとともにいきなりやってきた。
よって、それはビートルズ・ルックと呼ばれた。
当時の典型的なビートルズ・ルックは、スリムなダークスーツに短めのブーツ、そしておかっぱ頭。
その影響を最初に受けたのは、やはり日本のロックバンドの面々であった。
おなじみのザ・スパイダースや、後にジャガーズとなるプレイ5といったグループは、 GSブーム到来の以前、完全にリバプールサウンドのコピーバンドとして、頭から爪先まできめまくっていた。
長髪といっても耳にすこしかかる程度。
それでも一般の人の目にはまるで異質な人間のようにうつっていたわけだ。
ビートルズ・ルックが男性用であったとしたら、同時期、やはりロンドンからやって来た女性用かこれ。
ミニスカートだ。
尖鋭的ファッション・デザイナーのマリー・クワントが発表したこのスタイルは、そのモデルであったツイッギーの人気とともに上陸し、はり最初はほんの一部の歌手やタレントたちの目にとまり、そしてまたたく間に全国津々浦々へと広まっていった。
しかし、こちらの方はHなおじさんたちの圧倒的な支持を得、長髪のように世間から非難されることはなかった。
さわがしいゴーゴーサウンドとともに上陸したのに、勝手なもん。
さて、こうして見ると、その時期は50年代と70年代の中間であるという時間的区切りとしての意味以上に、価値観の変革期であったということが良くわかる。
著者の文化自体が、50年代の保守的なスタイルから、70年代の自由型へ移行する。
それはファッションや音楽、 その他すべても巻き込んだもの。
そして60年代半ばが、ビートルズ登場を象徴として、その分岐点であった!
平凡パンチのファッションページに登場したビートルズ・スタイル。
この手の撮影は大体モデルはかつらをかぶったものでした。
狭い襟のジャケットにコールテンの帽子ちょっとミリタリー調のジャケットとそれ風の味を出しています。
この他に忘れちゃいけないのが指輪やブレスレットのアクセサリー。
ここまで決めれば文句なし!
しかし当時は頭はアイビーの7・3分けでこんなスタイルしてた奴も多かった!
いかにもイギリスしているJAZZというメーカーの広告。
モッズ風ネクタイやジャケットがほほえましい。
日本のビートルズ? スパイダースの初期のポートレイト。
ブーツやジャケット、そして何よりもこの自慢のロングヘヤー?がイカスではありませんか。
しかしこの長さで全国の大人の批判を浴びていたとはね!
66年のファッションショーに登場したミニスカートは膝上3センチで話題騒然!今見るとこ
の程度。
タートルネックとの組合わせがイカス!しかしこの数年後には町のおばさん連中までが、もっともっとミニスカートになってしまうのです。