黒澤明 Akira Kurosawa

まあだだよ Madadayo

昭和一八年の春。先生は生徒たちへ、作家活動に専念するため、学校を去ることを告げた。
生徒たちは『仰げば尊し』を歌い敬愛する先生を送る。
退職後に引っ越した家にも、高山、甘木、桐山、沢村ら門下生たちが遊びにやって来る。
といっても皆、中年のいい大人なのだが。
ある日、先生の家で還暦の祝宴が開かれた。
先生と奥さん、門下生たちの馬鹿鍋を囲みながらの楽しい会話が弾むが、戦時下のこと、空襲で水をさされてしまう。
先生の家は空襲で焼けてしまい、知人の厚意で貸してもらった、三畳一間の堀建小屋暮らしを余儀なくされる。
先生と奥さんは狭いこの小屋で夏、秋、冬、春……三年半を暮らす。
昭和二一年の晩春、門下生たちの画策で第一回『摩阿陀会』が開かれた。
元気な先生はなかなか死なない、そこを洒落で死ぬのは『まあだかい?』というわけだ。

どん底 The Lower Depths

四方を囲まれ陽の当たらぬ江戸の場末の棟割長屋。
汚れ、荒れ果てたこのアバラ屋には、もはや人間であることを諦めた連中が住んでいる。
年中叱言を云っている鋳掛屋。寝たきりのその女房。
生娘のような夢想にふける八文夜鷹。中年の色気を発散させる飴売り女。
人生を諦観しきった遊び人。
アル中の役者くずれ。御家人の成れの果て“殿様”。
そして向う気の強い泥棒捨吉。
だが、外見の惨めさに反して、長屋には自惰落な楽天的な空気がただよっていた。
或日この長屋にお遍路の嘉平老人が舞い込んできた。
この世の荒波にさんざんもまれてきた老人は長屋の連中にいろいろと説いて廻った。

どですかでん Dodesukaden

電車馬鹿と呼ばれている六ちゃんは、てんぷら屋をやっている母のおくにさんと二人暮しである。
六ちゃんの部屋には、自分で書いた電車の絵がいたるところに貼りつけてあった。
彼は毎日「どですかでん、どですかでん」と架空の電車を運転して街を一周する。
それが彼の仕事なのである。
六ちゃんを始めとする、この街の住人たちは一風変った人たちばかりだった。
日雇作業員の増田夫婦と河口夫婦がいる。
二人の夫はいつも連れ立って仕事に出、酔っぱらっては帰ってくる。
二人の妻も仲がよかった。
ある日酔って帰ってきた二人はそれぞれの家を取り違えて住みつき、やがてそれが飽きると、もとの家に帰っていった。

デルス・ウザーラ Dersu Uzala

第一部 地誌調査のためにコサック兵六名を率いてウスリー地方にやってきたアルセーニエフ(Y・サローミン)がはじめてデルス(M・ムンズク)に会ったのは一九〇二年秋のある夜だった。
隊員たちが熊と見まちがえたくらい、その動作は敏捷だった。
鹿のナメシ皮のジャケットとズボンをつけたゴリド人デルスは、天然痘で妻子をなくした天涯狐独の猟師で、家を持たず密林の中で自然と共に暮らしている、とたどたどしい口調で語った。
翌日からデルスは一行の案内人として同行することになった。
ある日、アルセーニエフとデルスがハンカ湖付近の踏査に出かけた時のことである。
気候は突如として急変し、静かだった湖は不気味な唸りをあげはじめた。