七種諭 SATOSHI SAIKUSA
―七種さんは、もともとヘアメイクとして活躍されていたそうですが、なぜ、ヘアメイクから、フォトグラファーに転向されたんですが?
田村哲也 ちょうど、ヘアメイクを入り口にして、クリエイションの世界に足を踏み入れたということなんでしょうね。
七種 そうです。「mod’s hair」に所属して、84年、24歳のときにパリに行って。日本とパリ合わせて、ヘアメイクは6年くらい、やっていました。ヘアメイクから写真に移ったというのも、別にヘアメイクに興味がなくなったっていうわけではないし、今も僕の仕事の結構大切な部分だったりするわけだし。好きで撮り始めていた写真を、知り合いのエージェントがすごく気に入ってくれたというのが始まりなんです。基本的に、自分としては、プロセスや扱う素材が違うだけで、まあ職業の名前も違いますけど、自分のやりたいことはそんなに違いはないんです。
触れられるぐらいの距離感が被写体の魅力を引き出す
田村 諭の作品をいろりろ見せてもらって感じるのは、女の人をすごくセクシーに撮っていて、それでいてノーブル、すごい洗練された雰囲気も兼ね備えてるっていうこと。
七種 そう言ってもらえると、嬉しいですね。
田村 日本人って、わりとセクシーなものって苦手じゃない。日本人の美意識って、覆い隠したり、慎ましやかに表現したりっていうのが強い気がするんだけど、諭の場合、クレジットがSATOSHI SAIKUSA゛って名前じゃなかったら、もう日本人が撮ったとは思わないかもしれない。欧米人以上に、そのセクシーさってものを自分らしく表現してる気がするんだけど、それは、意識してるの?そういう、諭にしか撮れない、諭らしい写真は、どこからくるんだろう?
七種 う~ん…。ファッションやビューティの写真を撮るときには、知ってる子でも知らない子でも、モデルが来たら、自分も結構長くメイキャップルームにいるようにしてますね。日本でも、海外でも、ヘアメイクに任せっきりで、できあがるのを待っている人が多いんだけど、基本的に自分自身ファッションが好きだっていうのもあるから、その組み合わせじゃなく、こういうほうがいいんじゃないかとか、結構スタイリングやヘアメイクにも意見を出す方かな…。
田村 普通は、カメラの前に出来上がった被写体がたってから、カメラマンの仕事って始まるんだけど、もっと前から参加していくことで、自分の社員にしていくってことかな。
七種 そうですね。例えば表情にしても、プロの子でも、カメラを意識すると、硬くなったりするじゃないですか。そういう時って、メイキャップルームで見せた彼女らしい表情とかって出ずらいのね。だから、なるべくメイキャップルームでリラックスしてるときに、コミュニケーションをとるようにしてるかな。
田村 例えば、どんなふうに?
七種 しゃべってコミュニケーションをとるとかじゃなく、僕自身はあまり話したりしなくて、リラックスした場に、自分も一緒にいるという感じ。例えば、すごく忙しくて疲れてるとか、新しいボーイフレンドができてハッピーとか、そういう話をしてるときの、モデルの表情を見るんです。この子は、ちょっと口が開いていたほうがかわいいとか、この表情はきれいとか。それを、頭の隅っこに残しておく。
田村 メイク室に入って、結構長くモデルの表情を見てるから、他のカメラマンだったら見逃しちゃうような表情も、見逃さないんだね。それってヘアメイク時代が、役に立っているのかもしれないね。
七種 それは、あるかもしれない。
田村 これ、あるカメラマンに聞いた話なんだけど、メイク室には、男の俺は入っちゃいけないって気持ちがあるから、ヘアの人とがすごくうらやましいって言うわけ。メイク室では、モデルもすごいリラックスした表情で和気あいあいとやっているでしょう。で、自分のカメラの前に来たときに、さっきのいい表情がなくなるって。だから、諭の場合は、そういうヘアメイクの経験があるから、他のカメラマンよりも、もっと被写体の身近にいけるんだね。
七種 そういうの、ありますよね。知らない所で準備されて、はいどうぞって言われても、いい表情引き出すのは難しい。だからかな?カメラもレンズが長いのは、好きじゃない。被写体に触れる距離ぐらいで撮りたいんです。今でも、ヘアに触れたりするし。初めての人は驚いたりしますよ(笑)。
田村 自分で、ちょっと直しちゃったりするの?
七種 メイクは2次元ですけど、ヘアは3次元だからこっちのイメージを伝えるにしても、ヘアは難しい。メイクだったら、ここにアイラインを足してとかって言えるけど、ヘアは絵を描いてもでないでしょ。
田村 できないね。
七種 そういう時は、自分で髪を動かして、ちょっとこういう感じで、ってお願いする。僕がつくるっていうんじゃなく、わかりやすく伝えるために。
田村 そういうのは、ヘアメイクをしてたからわかることだったりするよね。そうすることで、モデルの表情が急に柔らかくなったりすることもあるし。
七種 うん。こうやって話してると、やっぱり、被写体に触れるっていうのは、ヘアメイクをやってたからできることだし、僕の写真に影響してるんだと思う。だって、知らない人を触ったりするのって、触れる側も触れられる側も、不思議な関係ですよね。
田村 被写体とのコミュニケーションのとり方とか、撮影のときの、触れられるぐらいの距離感とか、それが諭の写真のセクシーさの秘密なのかもしれないね。女の人が、同性にしか見せない表情とかポーズを、諭の前ではできちゃう。それが、いちばん諭らしいって言っちゃっていいのかな?
七種 もちろん、嬉しいです。僕自身、今まで意識したことなかったから、もしかしたら、田村さんがそう言ってくれた初めての人かもしれない。
予定調和は面白くない
偶然性を最大限に活かしたい
田村 その他に、クリエイションで大事にしてることは何ですか?
七種 仕事を始めた頃は、絵コンテをしっかりと描いたんです。構図を決めて、自分が困ったときに、確認できるように。今でも、ファッションだとある程度のページ構成は考えるんだけど、当時は、それがないと安心できなかった。でも、コマーシャルフィルムをはじめて、何十人もの人と仕事をするようになって変わってきた。みんな、いいものをつくろうとしてアイデアを持ち寄ってるわけだから、それらを上手く引き出しながら、自分のやりたいものに近づけていけるっていうことに気づいたんです。はじめから絵コンテを決めちゃうと、そこからはみ出せない。せっかく優秀なスタッフがいるのに、キャパシティを決めちゃって、いいアイデアを逃しちゃうのは勿体ないなと思って。で、今は、ある程度範囲を決めて、その中で自由にやってもらってる。
田村 その場で偶然生まれることを、受け入れるキャパシティが持てるようになったってことだよね。
七種 ヘアの人も、僕もそうですけど、生きてる素材、例えばプラスティックでクリエイションしてるわけじゃないし、石でもない。生きてるものを相手にしてるんだから、そのいい部分をなるべく引き出して、拾い上げていきたいと思ってる。
田村 うんうん。がちがち決めて、その構図になったら安心してシャッター押して終わり、じゃなくて、その場で生まれてくるものを最大限に拾いたいってことね。
七種 そういう意味では、トップモデルとかって、すごいプロフェッショナルだから、自分の顔も、得意なアングルも知ってて、いつもそれをつくってくれる。結局、放っといても、僕がとらなくても、誰がとっても「彼女の顔」になるから面白くない。
田村 なるほど。彼女が作った「彼女の顔」を提供するから、皆さん撮ってくださいって感じなんだ。
七種 そう。カメラをそこに置いて、彼女がそこにいて、誰が押しても同じ(笑)。だから、そういう人と組んで、何か新しいものをつくるっていうのは、すごい難しい。それで、僕はニューフェイスが好きなの。
田村 なるほどね。そういう、被写体とのやりとりとかも含めて楽しんで、その場にその人達がいることで生まれた偶然性を活かすのって大事だよね。
七種 そうですね。だから、僕はなるべく、そういうのが活かせる環境をつくりたいって思ってる。
田村 以前、ヘアやメイクを担当するスタッフに対して、自分の考えを伝えるときに、必ず相手の身体のどこかに手を置いて言うと、すごく素直にこちらの話を聞いてくれるって話ししてくれたんだけど、覚えてる?
七種 言ったことがあるかもしれない。
田村 ああ、そこまで考えてコミュニケーションとってるんだって、すごく関心した覚えがあるんだけど。
七種 そういうの、ありませんか?始めて仕事するスタッフだとお互い緊張してるわけじゃない。それをどうやってリラックスさせるかって考えるとね。やっぱり手の作業なわけだから、プレッシャーがかかると、指先とかを見ればわかるから。そこをリラックスさせてあげたいって思うじゃないですか。
田村 すごいね。ヘアメイクとしては、そういうカメラマンと仕事したいって思うよね。普通は、ガンガンとプレッシャーかけられて、ガチガチになって、もう動けないって状態にさせられちゃうってことのほうが多いからね。
七種 いろんなタイプの人がいると思うし。でも、やっぱり、リラックスした現場で、スタッフみんなが最高の仕事をできるようにしたいって思ってます。
田村 なるほどね。モデルだけじゃなく、その場にいるスタッフ一人ひとりまで気を配って、現場全体の雰囲気づくりをを大切にしていくのが諭のスタイルであり、強みなんだね。日本人で、海外でこれだけ活躍しているフォトグラファーは、諭くらいだからね。今日は、諭の写真の秘密が、少しだけわかった気がしました。パリに行ったときには、また食事でも…。最近は、ごちそうになることがおおいんだけど、それがすごく嬉しいんだよね。偉くなった息子におごってもらうみたいな(笑)。これからも、よろしくお願いします(笑)。
七種 いえいえ、こちらこそ。じゃあ、これからも頑張って撮らなきゃ(笑)。