新田桂一 KEIICHI NITTA

「モッヅヘア」田村哲也氏がホストとなって。エッジの利いたクリエイターと繰り広げる対談企画。
エッジクリエイターズ
2年間の電話アプローチでテリー・リチャードソンのアシスタントに

田村哲也:たまたま、昔から知ってたんだけど、桂一君に会ったのは、文化の学生だったころだよね(笑)
新田桂一:はい。一応、アパレルデザイン科に在籍してたんですけど、あの時は、将来何をやろうか分からなかったんですよ(笑)。
田村:それで、卒業してN.Yに行ったわけだよね。N.Y行って、洋服のデザインをやろうと思ったの?
新田:それも、考えてなかったです(笑)。とりあえず、英語の勉強したいっていうのもあったし、世界に出て見ようって気持ちもあったし…。
田村:なるほど、いわゆる遊学だね(笑)。そんな桂一君が、世界的に有名なフォトグラファーである、テリー・リチャードソンのところで働くことになったのは、どうして?
新田:写真は、小さいころから、すごい好きだったんです。小学校の頃とか、自分の部屋に、自分の撮ったお気に入りの写真をバーッと貼ってたし。もう壁中、写真だらけ。文化では、写真部にはいってました。
田村:で、テリーの写真もすごい好きで…。
新田:もちろん、そうです。テリーも好きだし、アラーキーさんも好きだし、森山さんも好きだった。でも、テリーのところに入るのは、大変でしたね、ホントに。2年間、週1、2回のペースで、ずっと電話してました。とりあえず、ちょっと会ってって。でも、会ってくれないんですよ。
田村:それにしても、ずいぶん古典的なアプローチをしたもんだね(笑)。
新田:電話番号は、友達のツテを頼って、ゲットしました。ホント、ストーカーですよ、自分で言うのも何ですけど(笑)。
田村:そういう方法で、上手くいった数少ない例だと思うよ。うちにもたまに来るけど、恐くて普通はとらないよ(笑)。
新田:そうですよね、恐いですよね。まあ、それで2年間ずっと電話して、テリーとはしゃべれないけど、彼のアシスタントのセスとは、だんだん仲良くなってくるんですよ。
田村:また、お前かって(笑)?
新田:そうです。もうウザイって切られるときもあったし、たまに世間話をしたり。それで2年後の冬に、メリークリスマス系で電話したんです。そうしたら、来年の1月から来るかって言ってもらって。もう、よっしゃあって思って。で、最初に言われたのが、撮影がない日でも朝10時から夕方6時まで仕事、それがちゃんとできるか、1年間は給与を貰えないってことだったんです。えーって思いましたけど、でもしょうがないじゃないですか。で、朝10時から6時はテリーのところにいて、8時から朝の4時ぐらいまでは、イーストビレッジのチョー汚い日本酒バーでバーテンとかやって、1年間、無遅刻無欠席で通いました。
田村:少しずつ、認めてもらえるようになったんだ。
新田:だと思います。あと、テリーがタバコを出せばパッと火をつけたり、荷物持ったりとか、マッサージしたりとか、日本人の習慣でやってたら、テリーも、コイツ面白いなって思ってくれたのか、1年後に初めて給与をもらいました。1か月7万円でした。やっと、ファミリーとして認めてもらえたって感じですね。それと、僕の性格を気にいってくれたのかもしれないですね。明るくて、バカで、上げて上げて上げまくる。テンションがちょっとでも落ちそうになれば、一緒にやろうよって盛り上げて…。
田村:そうなんだよね。アシスタントって、フィルムつめたり荷物持ったりだけが仕事じゃないんだよね。テリーにとって必要なのは、自分が気持ちよく自分らしい写真を撮るための、雰囲気づくり、そのためのキャスティングがとても重要なの。桂一君は、その中で、非常に重要な6年間務めてきたわけだね。
新田:そうですね。ホントは白でも、ボスが黒って言ったら黒って答えてましたからね、僕の場合。脱げって言われたら脱ぎましたし(笑)、ホントに何でもやりました。法に触れることはやらなかったけど、それ以外は、すべて従ってやりました。もう、ヤバかったですよ。でも、仕事は、ホントすっごく楽しかったです。
田村:世界のトップたちと仕事するわけだからね。
新田:最初の撮影は、ハリウッド女優で。で、次の週はには、トム・フォードの家に行ってました。
田村:それまでとは、180度違う世界なわけだからね。そこで、経験したものは、計り知れないよね。
新田:そうですね。世界のトップの現場で、その仕事をナマで見れたのがおおきいですね。
田村:6年間てりーのアシスタントをしていて、日本に戻るきっかけは何だったの?
新田:うちの嫁さん、アメリカ人なんですけど、彼女がすごく大きい仕事を任されて、日本に来ることになったんです。それについてきたという感じです。突然すぎちゃって、なかなかテリーにも言えなかったし…。テリーのところ辞めたくなかったんですよ。ずっとN.Yにいて、世界で勝負したかったんです。
田村:そうなの?辞めたくなかったんだ。
新田:もちろんですよ。仕事は刺激的で楽しいし、海外にも行けるし。それに、テリーが僕のことを″ミューズ″とかって思って、僕の写真を撮り始めたんですね。そしたら、モデルでフレンチヴォーグとかに出たり、マンハッタンのビルボードになってたり…。もう楽しくて楽しくて、辞めようなんて、思ったこともなかったですね。
田村:そりゃあ、思わないよね、居心地良すぎて(笑)。テリーにとっての桂一君は、アンディー・ウォーホルのニコみたいなものだから。それじゃあ、そういうきっかけがないと、自分から独立なんて考えないよ。タイミング的にはすごくよかったんじゃないかな、嫁のせいにしてるけど(笑)。
新田:やっぱり…?テリーも、そう言ってました。

ただのファッション写真じゃない生きてる写真が撮りたい
田村:自分の写真のスタイルを確立しなきゃいけないわけだよね。そのとき、師匠の影響を振り切らないと自分になれない人もいるし、師匠の影響を大事にして自分らしさを伸ばしたいって人もいるけど、桂一君の場合はどちらのタイプなの?
新田:僕は、後者の方です。僕はテリーの写真が好きで、彼の写真しか見てないですから。その経験とか、面白い、楽しいって気持ちを大事にしたいですね。
田村:テリーの写真って、一見ハチャメチャでバンバンって撮ってる感じだけど、ちゃんと被写体の人間味、、みたいなものを引き出してるよね。そんな感じなのかな。
新田:そういう写真ですね。最初びっくりしたのは、グッチのキャンペーンを普通のコンパクトカメラで撮るんですよ。そういう人ですからね(笑)。道具じゃなくて、そういう、人の表情とか引き出したいですね。一番撮りたいのは、生きてる写真なんです。
田村:パワーがある写真ってこと?動き出してくるような。
新田:はい。ただのファッション写真じゃなくて、コメディじゃないけど、ユーモアがあって元気になるような写真。だからモデルに対して、今までに誰にも見せてない表情を見せろって、気持ちでいつも撮ってます。
田村:モデルも、タレントも、これを撮れって感じで、最初は自分の得意な表情やポージングを出してくれるでしょう。誰にも見せてない、桂一君しか撮れない表情を出すために、どんなことをしてるの?
新田:被写体とは、なるべくいっぱいしゃべります。あとは訳の分からなことをさせますよ。急に走れとか、物を使っちゃたりとか。普通に撮ってるときに、いきなり、ウワーッて叫んで、思い切り驚かしたりとか、服脱いじゃったり(笑)。ハプニングを起こします。
田村:そういう時間を過ごして、敵のガードを少しずつ外して行くんだね。
新田:準備したり作ったんじゃない表情を引き出して、撮りたいんです。実はテリーに「トイレに行くときも、ちゃんとカメラを持ってけ、いつでも持ってろ」っていうのを、ずっといわれてて。人生の楽しいこと、悲しいことは、自分たちの周りにあるんだから、それを見逃すなってことだと思ってるんですけど。
田村:なるほどね。ルポタージュじゃないから、ファッション写真では、ストーリーを考えて、そういう瞬間を演出していくことが大切になってくるんだね。
新田:でも、日本人の女の子は、照れちゃうんですよ。
田村:照れてるんじゃなくて、ビビっちゃうんじゃないの(笑)。泣かしてない?
新田:泣かせないですけど、引いてました(笑)。
田村:被写体の心をつかむのも、N.Yとこっちでは全然違うからね。その辺で苦労してるんだ。
新田:とても、してます。でも、頑張ってますよ。

煮詰まったときには、無駄なものを取り除いて、白壁に戻る
田村:日本に戻ってフリーになって、1年半になるけど、他にN.Yと日本の大きな違いってなんですか?
新田:たくさんあるんだけど、まず自分で撮るのは、すごく大変なんですよね。毎回、勉強になります。
田村:自分の名前で写真が出るって言うのは、すごいプレッシャーだよね。N.Yとかだと、テリーみたいにビックな人にも、ダメだししてくれる編集者とかがいるけど、日本ではなかなか率直な意見を言ってくれる人がいないから、自分が撮った写真に対して、自分でジャッジしなきゃいけない。
新田:そうなんですよ。テリーでも、撮り直しさせられるときがあるんです。
田村:日本では、自分が2役しなきゃいけないからね。思いっきり好きなように撮るやんちゃなアーティストとしての自分と、それを客観的に判断するエージェンシーのような自分と、両方必要でしょう。
新田:はい、そこが難しいですよね。
田村:そこは、日本と欧米との大きな違いだよね。煮詰まってきて、どうしようもないときもあるの?
新田:もちろんあります。煮詰まったときには、とりあえず、白壁に行って撮れって、テリーに教えられました。テリー自身も、煮詰まったときには白壁で撮影してましたから。
田村:白壁って、どういうことなんだろうね?
新田:無駄なものは取り除いて、モデルと自分とで勝負しろってことだと思ってます。
田村:なるほどね。確かに、撮ってるといろんな注文がついてくるからね。だから、普通はどんどん足していっちゃう。煮詰まっちゃったら、とにかく一度全部取っ払って、シンプルに戻れってことなんだね。
新田:実は、僕もそういう事があったんです。何時間もかけてロケ地に行ったんですけど、雨が降っちゃって、イメージの光もないし…、どうしてもシャッターが押せないんですよ。これじゃダメだって思って、申し訳ないんですけど、東京に戻ってスタジオで撮らせて下さいってお願いして…。そしたら、スタイリストの方も応援してくれて、編集の方にはご迷惑かけちゃいましたけど…。で、スタジオの白壁で、いい写真撮りましたよ。
田村:普通そういう状況に追い込まれたら、とりあえず撮っちゃうよ。でも、ここで撮った写真が出たらヤバいって、ジャッジしたわけでしょう。撮らないのも勇気だからね。そう言えるのは、すごいと思うよ。
新田:そうですかね…。そのスタイリストさんはじめ、たくさんの方に助けてもらって、どうにかここまでやってこれたので、ホントに感謝してます。僕の写真見て、面白い、元気になるって言ってもらえたら嬉しいし、そう言ってもらうためにも、周りはもちろん、自分でよしって思える写真を撮っていきたいです。テリーの下で働いた貴重な経験があって、ファッションが大好きで、写真が大好きっていう気持ちは誰よりも強いから、負けませんよ、頑張ります。
田村:今後しばらくは、東京でやっていくんだ。
新田:はい。でもいつかは、世界でやってみたいです。
田村:桂一君ほど世界の舞台を知っている人はなかなかいないんだから、ぜひ世界に挑戦してほしいよね。それができる可能性を持った、数少ない人だと思うよ。