ニコラ・フィリベール Nicolas Philibert かつて、ノルマンディーで Retour en Normandie (2007)
ニコラ・フィリベールが自身の原点を見つめ直し、ノルマンディーの農村たずね、そこに暮らす人々の人生のドラマを紡ぎ出す。
ノルマンディーの農村。
そこに暮らす人々は30年前にある映画に出演したことがあった。
19世紀にこの土地で実際に起きた、一人の青年による家族殺しを題材にした映画だ。
その『私ピエール・リヴィエールは母と妹を殺した』という作品に助監督として参加したニコラ・フィリベールは、30年ぶりに舞台となった地を訪れる。
そして当時映画に出演した人々に再会し、さまざまな話を聞く。
この作品はノルマンディーの小さな農村を舞台にした三つの出来事が折り重なるようにして語られていく。
まず、ニコラ・フィリベールがこの土地に暮らす人々の話を聞いてひとつのドキュメンタリー映画を撮ろうとしている。
その理由は30年前にこの村である映画の撮影が行われたことに関係する。
フィリベールもその映画の撮影には助監督として参加していたそうだ。
そして、そのときに劇中の主要人物を演じたのは演技経験の皆無なこの土地の人々であった。
なぜまったくの素人を起用したのかといえば『私ピエール・リヴィエールは母と妹と弟を殺した』というその映画は、19世紀に実際にこの村で起きた事件を題材としたものであったからだ。
劇映画に比べ、ドキュメンタリーというのは非常に単調である。
それを回避するために作品のテーマを明確に提示し、映像に変化をつけたり音響を利用して観客の興味を煽るわけだけれど、この映画は地味になることを恐れない。
特に冒頭の養豚所の光景やノルマンディーの片田舎の農作業風景が淡々と映される序盤は、30年前の映画出演者へのインタビューが織り込まれてはいるものの、非常に退屈ではある。
30年前に撮影された映画の内容が明かされないうちには、映画出演者が撮影当時を回想しそれぞれの思い出を語っても、観ているほうとしては何のことかさっぱり理解できない。
もちろんフィリベールはこのかなりマイナーな映画(日本では未公開)をほとんどの観客が知らないだろうということを想定してこの作品を組み立てている。
なので、30年前の映画『私ピエール・リヴィエールは母と妹を殺した』の映像がはさまれた瞬間、今ここでカメラに向かって思い出を語る人々の姿が30年前と重ね合わされ、この映画はぐっと魅力を増してくる。
ここに登場する人たちは本当に普通の人々だ。
ごく普通の人たちが普通の生活の中で経験するドラマというのはリアリティがあり、私たちにすごく近いように感じられる。
ミッシェル・フーコーに触発された映画監督がこの土地で起きた事件を題材に映画を撮ろうと決意し、そこに住む人々を役者として出演させることを思いついたために、たまたま映画に出ることになった人たち。
彼らは30年前の数ヶ月間、役者として撮影に参加し、その後は普通の暮らしに戻っていった。
そしてどの出演者も役者として過ごした短い期間は良い経験だったけれども、映画に出たことによってその後の人生に何か大きな変化があったというわけではないと語る。
しかし彼らの30年間の人生を聞くと決して平穏な日々ではなくそれぞれに紆余曲折があり、波瀾万丈であったり、どの人の人生も一本の映画になりそうなドラマを孕んでいる。
そして彼らは30年前に映画に出演したことを人生の中の良い思い出のひとつとして抱え続け、ひそやかにフィリベールと繋がり続ける。
そしてフィリベールが再び彼らの元を訪ねたことによって、兄弟だったり近所の人であったり、疎遠になってしまっていた共演者たちの人生は再び交差し、30年の歳月をも容易に飛び越えて再び結びつくことができるのだ。
フィリベールはこの作品でノルマンディーの農村に暮らす元出演者たちだけでなく、観客のに向かっても映画を手繰り寄せている。