ファッション Fashion

ミナペルホネン minä perhonen 皆川 明 Akira Minagawa

ぼくは皆川さんの服が好きだ。
生地からデザインを起こし、立体に仕上げる。
その仕事は詩的で職人的。
生地を作るとき、皆川さんは普段の身近な生活からデッサンを起こす。
ファッションとは遠くのどこかにあるでなく、半径5メートルに存在する。
ぼくも、駅までの毎日が同じ道で、毎日が違う風景に心を寄せて歩いている。
時には映画館、美術館、演劇などインスピレーションをもらうが、基本は自分の生活感。
皆川さんのひたむきに服作りと向き合う姿勢に襟を正さずをえない。

Sample

雑誌や広告でよく見るファッション写真というものの多くは、オリジナルが存在する。
オマージュやインスパイヤなどその言い方はいろいろあるが、大雑把にくくってしまえばコピーである。
いま、世に出回っている何の味もなければカルチャーもない退屈な服が、写真の雰囲気に頼らざるをえない状況を作り出している。
撮影場所の雰囲気、光りのニュアンス、さらに被写体のイメージなど、オリジナルの写真をベースに組み立てていくのである。
しかし、そのように作られた写真の多くは、オリジナルの写真に勝ることはない。
作家が長い月日をかけ、そして試行錯誤を繰り返し、悩んだ挙句アウトプットした何百、何千枚あるなかの一枚に敵うはずがないのだ。

Rudeboys ルードボーイズ

1950年代から1960年代にかけ、ジャマイカの首都キングストンに仕事を求める若年貧困層が大量に流入し、ゲットーが生まれた。
彼らの一部は貧困からギャング化し、ルードボーイ(乱暴者)と呼ばれるようになった。
ファッションとはカルチャーだ。
服が前面に出るようになってしまった時代に、本当のスタイルなんてものは生まれない。
それよりも誰が着るか。
そしてどう着るか。
かつて同じ思想や同じ興味をもった人間が集まり、似たような格好をし、カルチャーが生まれ、そしてスタイルが生まれていた。
パンク、スキンズ、モッズ、ヒッピー、テッズ、ロック、パンク、スカ、ゴス。
普段手にする一着にもルーツがあり、ストーリーがあり、そこにカルチャーが存在する。
Anton Corbijn アントン・コービン写真
流行っているものがダサいんじゃなくて、流行っているものに飛びつく行為がダサい。
じゃあ、かっこいいファッションって何?
それは考え方と生き方のこと。
手に入れたお金で何を買う?
自分が着たいものは着るが、決して無理などしない。
憧れを鵜呑みにしない謙虚さと、何を着たいか、そして何が着れるかを理解し適応させるバランスの距離感にオシャレを感じる。
かっこいい服はお金があれば買える。
でもそれはただのかっこいい服であって、それをかっこいいファッションと言い切ってしまうのは安易な気がする。
まずは自分の生活を目一杯楽しむこと。
雑誌に載っているものや、インターネットに陳列された目の前のアイテムという結果を求めるのではなく、そこに向かう過程や工程、興味の中にファッションの本質があると思う。

尾花大輔 N.ハリウッド(ミスターハリウッド) 相澤陽介 White Mountaineering

相沢 いわゆる「柄物」と呼ばれるようなアイテムは、東京でショーをやっていた頃に比べると、1/5くらいまでに減っています。
無地のアイテムがどんどん増えている状況です。
尾花 デザイナー本人が、無地のアイテムを本当によく着ているしね(笑)。
相沢 これまでいろいろやってきたからこそ、「引き算」も選択できるようになったというか。
この素材に柄が入っていたほうがいいのか、ないほうがいいのか。
そういうチョイスについては、今が一番見えていると思います。
ある程度の「盛り込み」をしておかないと、「引き算」をしたときにも魅力が生まれない。
これは、ブランドをスタートした当初から言い続けてきたことなのですが。
最近になって、やっと自分たちのタイミングが見えてきたような気がします。

FACETASM ファセッタズム 落合 宏理 Hiromichi Ochiai

Designer Profile. 1977年 東京生まれ
1999年 文化服装学院卒業
2007年春 自身のブランドFACETASM を始動。
落合 モードへのあこがれと、着てくれる人にはモテてもらいたいという気持ちもあるので、なるべく順応したいと思っているのですが、自分の意志とコンセプトを大切にしてしまう部分は今はあると思います。
時代に順応したくないという気持ちも、きっとあるんでしょうね。
ー自分のナチュラルなスタンスがメインストリートではないということですか?
落合 はい。ただ僕が戦いたいのはメインストリートなので、もったいないという意見もありますが、売れることも大切ですし売りたいなとも思うのですが譲れないこともあります。
かっこいいことってどういうことなのかまだ模索している最中で。
周りからは、自分が頭で想像していることと99%違う答えが返ってくる。
それでも99%違う人に媚びずに貫かなくちゃいけない部分というのは、もう少し明確にしていきたいです。
ーメンズとレディースでクリエイションに違いがありますか?
落合 レディースはモードへのあこがれが強いので、ビジネスは考えないように、クリエイションを大事にしたいと思っています。
メンズに関しては自由にやっているほうですが、東京のルールにあったストリート感を強く意識してやっています。
ー自分の一番のストロング・ポイントはどこだと思いますか?
落合 ノンジャンルで服が好きであり、いろんなことに興味があるところだと思っています。
端から見たらそれが汚いものだと思われてしまうかもしれないですが、僕らの中では細かくあって。
北村さんにFACETASMってファッション界のノイズだよね と言ってもらったことがあって、それがすごく合っているなと思います。
モード界のノイズにならないといけないなと。
その違和感から新しいものが生まれればいいですね。

Anwar Carrots アンワー・キャロット

タイラー・ザ・クリエイターがYonkersでリリックにするほど人目を引く茶色のドレッドに、端正な顔立ち、若干25才のアンワー・キャロットは自身の名を冠したブランドCarrots by Anwar Carrotsを2015年にスタートさせたばかりだ。
ニュージャージー州トレントン出身のアンワーは、2007年にLAでPeas&Carrots Internationnalを立ち上げ、OFWGKTAの初期メンバーであるケイシー・ヴェジーズのマネジメントや、ブランドやショップの運営を行ってきた。
そして2015年の現在では、自身のブランドの勢いもあってかLAの顔的存在に。

Ian Connor イアン・コナー

自身をKing of the Youthと呼ぶNY出身アトランタ育ちの22歳。
先日のニューヨーク・ファッション・ウィークで発表されたカニエ・ウェストのコレクションYeezy Seasonを始め、Astrid AndersonやBAPEといったブランドのモデルを務めた経歴を持つ。
また、ラッパーのウィズ・カリファのスタイリングを担当し、ASAP Mobのクルーとしても知られるなど、いま世界が認めるストリートのファッションアイコンである。
もちろん自身のファッション性も高い注目を集めており、金髪のドレッドにTHE NORTH FACE×SUPREMEのキャップがトレードマーク。

Dev Hynes デヴ・ハインズ

アメリカ・テキサス州出身、イギリス育ちのミュージシャン・プロデューサーのデヴ・ハインズ。
かつてはLightspeed Championという名で活動し、現在ではBlood Orangeとしてその名を知られる29歳のシンガーソングライターだ。

小木 Poggy 基史

ユナイテッドアローズ&サンズ ディレクターの小木 Poggy 基史氏。
自ら足を運んではブランドのデザイナーと交流を重ね、その目で見て確かめたものを誰よりも早く日本にバイイングするのはもちろんのことなのだが、その先見性審美眼はますます磨きがかかり、アメリカを代表するファッションメディア「Style.com」にて「メンズウェアで最も影響力のある25人」に選ばれている。

Nabile Quenum ナビール・クエナム

ストリート・スタイル・フォトグラファーとして活躍するナビール・クエナム。
ファッションを通じて自己表現する人たちが好きなんだ。
服を通じて醸し出されているその人の内面を見るのが特にね。
それをカメラで収めるのは自分にとって自然なことで、気づいたらストリート・スタイル・フォトグラファーと呼ばれるようになっていたよ。

T Michael Norwegian Rain ティー・マイケル ノルウェージャン・レイン

ノルウェーはベルゲン発のブランド「Norwegian Rain」のデザイナーとして活躍するのがT-マイケルだ。
出身はガーナで1989年にベンゲルへと移住し、ビスポークテーラーを卒業したのちに自身のブランド「T-マイケル」を立ち上げる。
やがてアレクサンダー・ヘラと出会い、ユニットを組んで2008年に「Norwegian Rain」をスタートさせた。
ビスポークテーラーで培った伝統のテーラリング技術といった過去を参照しながら、そこから現代に適応する素材をいかに融合させるかにこだわっている。
我々の核となるものは都会暮らしにフィットするガーメントを日々創り出すことなんだ。
ライフスタイルに根差したものを創り出すことが我々のスタイルなのさ。

Matteo Gioli マッテオ・ジオーリ Super Duper Hats スーパーデューパー ハッツ

2010年イタリアのフィレンツェで誕生した「Super Duper Hats」
マッテオ・ジョリとヴェロニカ・コルナッキーニ、イラニア・コルナッキーニの3人が立ち上げたハットブランドである。
「僕はそれまでバンジョーやギターを演奏するスウィングバンドのミュージシャンだったんだけど、それを機に恋人のヴェロニカとともにハット製作を学ぶようになったんだ。だけどイタリアにはハット製作を学べる学校がなく、独学で学びながら「The Art of Making Hats」の著作を訪ねては教えを乞うなどして、2011年にピッティ・イマージネ・ウオモで1stコレクションを発表するに至ったんだ」
革新的であること・正直であること・コンテンポラリーであることを自身らのスタイルに掲げ、クリエイションに邁進している。

Niyi Okuboyejo ニーイ・オクボイェル Post-Imperial

 ナイジェリア出身のデザイナー、ニーイ・オクボイェヨがNYを拠点に展開するナイジェリアンスタイルのブランドPost-Imperial。
「ナイジェリアに生まれ育ち、アメリカでファッションを学んだ自分のやり方がこれなんだ。
ナイジェリア人だからこそナイジェリアの文化にこだわって生地を作り、それをNYの地で作り上げる。
それが僕、そしてブランドのスタイルなんだ」

アダム・カッツ・シンディング Adam Katz Sinding

「自分のこのスタイルは気に入ってるんだ。誰かが簡単に真似してできるようなことではないし、何より自分が見ているものを切り取って発信するのは楽しい。リアルなコンテンツを自分のフィルターを通じて作ることは長年にわたって築き上げた自分のスタイルだとだと思っているのさ」

ouigi theodore ウィジー・セオドア

アフリカンアメリカンのカルチャーやアメリカのヴィンテージ、アイビー、プレッピーといったバックグラウンドをブランドの根幹に捧げるウィジー・セオドア。
「すべてはプロセスなんだ。いらないものは置いていき、意味のある物だけが続いていく。それを明確化にしていくことで前へと進むことができる。そうして歴史を更新していくことが100年計画なのさ」

Larose Paris ラローズ パリ

フランスを拠点にするハット/キャップブランドのLarose Paris。
カナダ・ケベック出身のアイザック・ラローズと、ビジネスパートナーのマーク・ボジェ、ボーリーン・ブロセット。
「自分たちで素材探しからデザインをしているんだ。
トレードショーにも行く。
フリーマーケットにも足を運ぶし、ebayもチェックする。
どこにでも目を配るんだ。
工場も素晴らしいんだよ。
南フランスにある工場を使っているんだけど、そこの社長が我々を気に入ってくれてね。
Hermes,Saint Laurentとかも同じ工場らしいんだけど、彼は僕らのハットのほうが好きだって言ってくれているんだ。
ありがたいよね。
キャップもハットもトゥーマッチになってしまうことはよくある。
Larose Parisはそういうことにはしたくないんだ。
クラシックでエレガント、その美意識をこれからも追及していくつもりだよ」

ART COMES FIRST アートカムズファースト

サム・ランバートとシャカ・メイドー、この二人からなる ART COMES FIRST(アートカムズファースト)
流れるアフリカンカルチャーのルーツと培ったテーラリング技術、そしてイギリスの地におけるパンクスピリット。
常識にとらわれることなく、自身の感性に従ってファッションを楽しむ。
サムはそんな姿勢を兄姉たちから見て学んだという。
未だにスタイルを持つにはお金が必要だと人も見かけるけど、お金は何も役割を果たさない。
現に僕がロンドンへ移り住んだ頃はとても裕福とは言えなかったし、古着で1ポンドや2ポンドの服を着ることもあった。
他人からしたらブカブカで汚れてたりするんだろうけど、自分にとっては生地がとても魅力的だったりするんだ。
ちゃんと物の側面を見れば、金銭的な価値観以外のものも見えてくるのさ。

comoli 小森啓二朗

小森:僕はメンズファッションにおいては、あまり斬新な服や珍しい服よりも、「どこかで見たことあるけど、これまでになかったもの」を作りたいデザイナーです。
これは僕だけなのかもしれないし、すべてに当てはまるわけではないですけど、日本の洋服が海外ブランドに似た服を作って、それを日本人が着ていることにちょっとした違和感があったんです。
同時に僕はイタリア人の作る立体的な洋服をとても美しいと思う一方で、それをそのまま日本人が着ても何か違うなとも感じていました。
オリジナルじゃないものを着ているから居心地悪いだけなのかもしれませんが、日本人は着物みたいに平面的なものをルーズに着る方法が似合うと思います。
だから僕の作る服は全体には平面的だけど、人間の身体の動く起点部分だけは立体的に作るようにしました。
これが僕のできるオリジナリティだったのかもしれません。

Markaware 石川俊介

石川:僕はテーラードの世界も大好きなんですが、普通の服とミリタリー物は、その考え方から作り方までかなり違います。
テーラードは男性の体をいかに綺麗に見せるかに重きを置いて何百年もかけて進化してきました。
一方ミリタリー物の特徴は、機能性追求と生産の合理化にあります。
軍服は丈夫さや機能性と同時に、一度に大量に提供しなければならないので、大量生産の効率も重要です。
だからその作り方を検証すると、あえての手抜きも沢山見つかるんです。
ただ、特にアメリカものの軍服の場合、その手抜きの効率を上げるために新たに工場のミシンを開発していたりもする。
服作りの観点からすると、そういう徹底した合理性も魅力でもあるんです。
生産数でいえば、僕らは軍物の1万分の1とかいうレベルだと思います。
だから当時の手抜きの産物を今苦労して追いかけているという、ちょっと矛盾したことをやっているわけですね。
設備がなくて、技術的にはできないポイントも出てきます。
それでも日本国内の工場にこだわって、質の高いものを作りたいのは、やっぱりそこに「モノつくりの哲学」があるからなんですね。
ファッションはデザインの部分に哲学はあるかもしれないですけど、モノつくりの哲学の部分ではミリタリーやワークウェアには敵わないと思います。
ひとつひとつに意味があること、それを理解しながら作ることは面白いし、メンズウェアを作る上において重要だと思うんです。

きもの読本 宇野千代

顔の入る場所を計算にいれて
極彩色の花嫁衣装は、衣装そのものが舞台衣装ですから、顔も舞台衣装に仕上げないと調和しないのです。
これとは反対に、素顔のような感じの、近代的なお化粧をした顔には素顔のような顔に合う色感の着物でなくてはなりません。

Mykki Blanco ミッキー・ブランコ

トランスジェンダーのラッパーとして活動。
ゲイであることを公言し、女装のラップスタイルによって、ヒップホップが長年築き上げてきた壁を取り払っているアーティスト。
ヒップホップ、特にニューヨークのヒップホップにおいて、多くの人々のイメージは「セクシー」「ゴージャス」。
特定の服装をして、特定の話題についてラップしなければならないというような。
それが原因でニューヨークのヒップホップは10年以上に渡って停滞しています。
「ヒップホップの中でゲイカルチャーがこの先どうなっていくのかについては何も言えないけれど、ひとつ言えるのは、自分に満足しながら、素晴らしい時間を送るつもりだということね。
私は一般的なアメリカでは育っていないし、自分が育ったブラックサブカルチャーを紹介していくわ。それが私だし、それがMykki Blancoからのリアルなメッセージということね」

Saint Laurent サン ローラン 2014SS Hedi Slimane エディ・スリマン

エディ・スリマン サンローラン 2013年春夏

パリファッションウィークで発表されたサンローラン(SAINT LAURENT)の2013年春夏コレクション。
1997年に「イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ オム」のアーティスティック・ディレクターとして活躍し、その後ディオール オムを立ち上げたエディ・スリマンがクリエイティブ・ディレクターとしてイヴ・サンローランに帰ってきた。
ダフトパンク(Daft Punk)によるジュニア・キンブロー(Junior Kimbrough)の音楽に乗せて披露されたのは、モードの帝王として君臨したムッシュ イヴ・サンローランが生み出した伝説のスタイルのスリマン流解釈だ。

ケイト・モス Kate Moss

ペギー・モフィット Peggy Moffitt

パティ・ボイド Pattie Boyd

水原希子

リウ・ウェン/Liu Wen

海外サイト“model.com”が公開しているモデルランキングでは、アジア系では唯一トップ10にランクイン。
今や、時代を象徴するスーパーモデルのひとりといえます。

シュウ・ペイチン/Shu Pei Qin

強い眼差しと細身で均整のとれたプロポーションに加え、個性的な私服のセンスも注目の的。

ミン・シー/Ming Xi

中国人モデルがしのぎを削り合うなか、新人としては異例のスピードで第一線に参入したミン・シー。
2010年1月、「ジバンシィ」のオートクチュール・コレクションのエクスクルーシヴ(独占契約)を獲得して鮮烈デビュー。

山本 耀司 Yohji Yamamoto

僕の最も尊敬する表現者であり、人間像の山本耀司
独自の世界観を貫き通し、若い世代を育て、ファッションをリードする。

sacai 阿部千登勢

宮下貴裕Takahiro Miyashita

1973年に生まれ服飾学校に通わず、セレクトショップにて働きながらバイイング・服作りを学んだ後、独立しデザイナーとなる。
1996年11月、有限会社KOOKSを設立、「NUMBER(N)INE」を発表。
2009年2月20日、2009-2010 A/W を最後に、「NUMBER(N)INE」脱退・解散を発表。

GANRYU. ガンリュウ

コム デ ギャルソンのブランドとして2008年春夏からスタートしたガンリュウ。
今シーズンのテーマは「AUGUMENTED TRIAD」(オーグメンテッド・トライアド)。
略してaugと呼ばれるこの言葉は、音楽のコードを意味する。

ジャン ポール ゴルチエJEAN PAUL GAULTIER

ジャン ポール ゴルチエ(ジャン・ポール・ゴルティエ,JEAN PAUL GAULTIER)は1952年フランスのパリ郊外に生まれる。
両親は会計士。
80年代、ゴルチエはアバンギャルドでパンクの精神を持ち合わせ、その他、ボンデージ・ファッションなどを発表し、話題を集め、一躍トップデザイナーへと上り詰めた。
「フィフス・エレメント」(リュック・ベッソン)、「コックと泥棒、その妻と愛人」(ピーター・グリーナウェイ)、「キカ」(ペドロ・アルモドバル)「ロスト・チルドレン」(ジャン・ピエール)、ハリウッド一の売れっ子女優、アマンダ・サイフリッドの最新作『TIME/タイム』

フセイン・チャラヤン Hussein Chalayan

フセイン・チャラヤンは、1994年のデビュー以来、ファッションとアートの二つの領域を横断的に活動するクリエイターの先駆者として、大きな影響を与えてきました。
一つ一つのコレクションに込められる、現代社会に対する文明史観的な批評性や魅力的な物語性、LEDやレーザー光線など最先端のテクノロジーを駆使した革新的なデザインは、英国ファッション・アワードの「デザイナー・オブ・ザ・イヤー」を2年連続で受賞するなど、国際的に高く評価されています。
チャラヤンの表現は、従来のファッションという枠にはとどまらず、アート、建築、デザイン、哲学、人類学、科学といった複数の領域を横断して展開します。
その根底にはあるのは、私たちを取り巻く環境への批評的眼差しであり、とりわけ、テクノロジーや移動、文化的環境によって、身体およびアイデンティティがどのように変容するのかを服を通して探究してきました。

ドナテラ ヴェルサーチDonatella Versace

97年7月、兄のジャンニがマイアミのサウスビーチでゲイの熱狂的なファンに射殺されました。
1998S/Sからプレタポルテ、オートクチュール共に妹のドナテラが継承。
ドナテラは、ブランドの特徴である「最高級、派手なプリントなど、多少やりすぎ感もある派手なファッション」に、官能性を取り入れブランドの拡大に成功しました。

ヨウジヤマモトYohji Yamamoto

山本耀司は、1943年、東京生れ。慶応義塾大学法学部、文化服装学院卒業。
山本のデザインは、彼の打ち出したアシメトリックなカッティング、身体と服の間に空気をはらむようなシルエットは、ボディコンシャスな時代のファッションの慣習を覆すものでした。
素材感でみせるレイヤードやドレーピングで見せる独自のスタイルは、ファッションの美意識を書きかえ、伝統的な男性服のスタイルを女性服にとり入れるなど、彼のコレクションはジェンダーの固定観念を打破したと言われます。
かつて、クラシックなドレスが主流だった欧州のファッションデザイン業界は、日本のコンテンポラリーなファッションデザインについて何も知らなかった。
そして、黒は色でさえなかった。

アズディン アライアAzzedine Alaia

80年代のファッション界に一大ブームを巻き起こします。
アライアのシグネチャースタイルとなるボディコンシャス・スーツは雑誌のエディター、アーティスト、モデルに絶大な支持を受けます。
ボディコンシャス・スタイルは服に身体を押し込む事によってシルエット(ライン)をを形成する手法とは、まったく逆の発想で、女性のボディーラインを際立たせるためのアイテムと捉えるコンセプトのもと、余計な装飾を排除し、女性の身体の美しいラインを自然に強調するものであり、体に寸分もなくフィットします。
スポーツウェアのような着心地で、女性の第二の「肌」と評価されました。
この影響は日本にも渡り、ボディコン・スーツを身にまとった女性たちが急増、ジュリアナ東京、ボディコンという言葉に代表されるような現象を巻き起こした。

Martin Margela マルタン・マルジェラ

1957年ベルギー生まれ。アントワープ王立芸術学院卒業後、84年よりジャンポールゴルチェのアシスタントをつとめ、88年パリコレデビュー。
古着の再生や、新しい服の古着加工など、新しい価値観を持ったファッションは90年代を席巻した。
また、彼のダダイズムやシュルレアリズム等に通ずる美意識と、コンセプチャルなプレゼンテーションは、現代美術とファッションの境界線を取り払うことに大いに貢献した。
しかしながら、彼らの最大の魅力は、手仕事を中心とした、職人的服作りに対する真摯な姿勢である。
老舗メゾンエルメスとの仕事が、それを立証したのである。

オジー クラークOSSIE CLARK

60年代から70年代にかけて活躍したデザイナー、オジー・クラーク。
スウィンギング・ロンドンという言葉に代表される、ストリート文化が注目される中、セレブリティを顧客に置いた、ロンドンのハイファッションを牽引しました。
それまでのデザイナーたちと異なり、ファッション・ショーをパフォーマンスのひとつとして捉え 伝統的な演劇場ロイヤル・アルバートホールなどで行ないました。

ジョン・ガリアーノJohn Galliano

ジョン・ガリアーノ(John Galliano)は、駆け出しの頃、とにかく自分のデザインを人々に見てもらうことに必死だったといいます。
しかしお金がなかった彼は、モデルたちを集めることができなかった。
そこで彼は、モデルたちに着ている衣装を持ち帰っていいと言って、ステージに立ってもらうように説得していたようです。
だが、その時の判断は、今になるまで彼を苦しめているのだとか。
ガリアーノはインスピレーションをシュールリアリスムからもらうのだとか。
ダリ、ジャン・コクトーを尊敬しているらしい。

マノロ・ブラニク(Manolo Blahnik)の靴

故ダイアナ元イギリス皇太子妃やラニアヨルダン王妃、マドンナにカイリー・ミノーグなど世界の名だたるセレブたちが愛好している、靴好きならその名を知らぬことはないほど有名なシューズブランド。
デザイナーのマノロ氏いわく「私の靴はファッションではない、ジェスチャーだ」
と語るその靴は、流麗なフォルムと10センチを超えるヒールでも驚くほど履きやすい感触が最大の魅力。
プラニクのファンは喜んで命の危険をさらすでしょう。
これもいらない。
あれもいらないってね。
そのうち私の靴にはストラップくらいしかなくなるでしょうね。
わたしはほとんど存在しないようなものが好きなんです。
マノオ・ブラニク

アレキサンダーマックイーン Alexander McQUEEN

「異端児」「アンファン・テリブル(恐るべき子供)」
マックイーンの既成概念に囚われない創造力は、その生い立ちに端を発するようです。
1969年に生を受けた彼は、当時労働者階級が過半数を占めていたロンドン東部で子ども時代を過ごした。
「インスピレーションはすべてセックスから」など皮肉めいた遠慮会釈のない物言いで知られるイーストエンドの悪ガキ。
常に何を見て、何を感じ、どう自分のオリジナリティにアイデアを落とし込もうとしているのか。
彼の作風は常にエモーショナルで破壊的でもあり、見る者を一瞬にして彼独自の叙情詩に誘う力を宿している。
ビジネスとクリエイションが今最もバランスを取りにくい時代。
だからこそピュアな創造が無くてはならないのだと強く思う。
多くの人たちが考えたり作ったりする楽しみや必要性を忘れていくのが心配です。
ジーンズ1本が何百円なんてありえない。
どこかの工程で誰かが泣いているかもしれないのに、安い服だけを着ていていいのでしょうか。
いい物には人の手も時間も努力も必要だからどうしても高くなります。
いい物は高いという価値観も残っていて欲しい。

アジア・モデル

Youn-a、ヨンア
Oggiのモデルで活躍
最近、モデル業界は西洋人とのハーフの人が多いが、韓国、台湾の方も活躍して、素晴らしいと思う。
Youn-a、ヨンア
Oggiのモデルで活躍
最近、モデル業界は西洋人とのハーフの人が多いが、韓国、台湾の方も活躍して、素晴らしいと思う。

太田莉菜

伊勢谷友介監督作品である映画「セイジ 陸の魚」(2012年2月18日公開予定)のメインテーマ「サクリファイス」が2月15日にリリースされる。
CDジャケット・アーティスト写真は鈴木心、ヘアメイクは加茂克也が担当するなど、豪華なコラボレーションプロジェクトとなっています。

ジャン=ポール・ゴルティエ Jean-Paul GAULTIER

ゴルティエの創りだすファッションは独特のもので、大好きです。
ショーも、美しいモデルも起用しますが、個性的な美しいモデルを多く起用する所に、彼の芸術感を垣間見ます。
ゴルティエの創りだすファッションは独特のもので、大好きです。
ショーも、美しいモデルも起用しますが、個性的な美しいモデルを多く起用する所に、彼の芸術感を垣間見ます。
ミラ・ジョヴォヴィッチかっこいいですね。
ファッションも最高です。
ゲイリー・オールドマンのイカレた役は真似できない。
ロストチルドレン
ジャン=ピエール・ジュネ
「アメリ」でも有名な監督とも共作。
彼のような深みのある美を追求したいですね。

カール・ラガーフェルド


フェンディ(Fendi)、シャネル(Chanel)のデザイナーを兼任し、写真家としても活動しています。
日本では外貨を稼ぎとする産業は、車やハイテク、マンガなどが多い。
僕はフランス系の美容室に勤めていたこともあり、ファッションの産業はヨーロッパが得意な気がする。
春夏、秋冬とコレクションを開催し、常に時代をリードする。
また、日本の財閥のように企業複合体としてグループ産業です。
LVMHグループ・ モエヘネシー・ルイヴィトン・フェンディ。
世界最大のフランスのファッション複合体です。
ドン・ペリニオンの広告写真でも、ラガーフェルドは参加。
リシュモン・カルティエ・クロエグループ。
この、企業体の傘下企業を見るとほとんどのブランドの名がある。
ファッションにたずさわると、ほぼヨーロッパの大御所がトレンドを左右している。
日本人など多くの才能ある人たちが、一線に名が出ないのはこの状況からでしょう。
僕はフランス人デザイナー、イタリア、イギリス、ドイツなど多くのヘアデザイナーを見たが、日本人のデザイナーが世界に出る日を待っています。
しかし、日本のファッションはヨーロッパと違い独特ですね。
エレガンス、セクシーより「かわいい」。
ヨーロッパでは、キュートという言葉は女性に対し、ほめ言葉ではないのです。
男性も女性も30歳を過ぎてからの、「色気」「セクシー」が出てきても、楽しい気がします。
成熟した文化・芸術からのライフスタイル。
流行のみにとらわれた商業トレンドは、まだ続くのでしょうか。

ゴスロリ

ギヨーム・アポリネール 詩人としては、詩集『腐ってゆく魔術師』や『アルコール』で、名声を確立しました。
小説の分野では、同性愛やサディズム、殺人に関する描写をふんだんに盛り込んだ『一万一千本の鞭』。
しかし直ちに発禁処分を受け、以後フランスでは1970年まで公刊されませんでした。
『若きドン・ジュアンの冒険』では、姉や叔母、妊娠中の女など、様々な女性と関係する主人公ロジェの奔放な性生活を綴り、ベストセラー。
好きな人形作家に森馨(もりかおる)さんや四谷シモンさんがいる。
いずれも、澁澤龍彦的な世界観を感じています。
サド、近親相姦、同性愛、反モラル的芸術です。
日本発進の文化として現代に、2.5次元的なアニメと現実の挟間。
ゴシック的ロリータファッション、ゴスロリなど世界に広がりがあるように思う。
雑誌「ジッパー」など女の子独特のの世界観を感じます。
いろいろな女性のかわいいだったり、美しさがあっていいと思う。
非常に日本文化の奥行きを感じる表現。
この姫的なヘアスタイルは平安時代の流れを感じ川柳・歌仙・和歌的。
ここまで行くとパーフェクトです!
ビジュアル系のバンドも多く存在しますが、デビットボーイやカルチャークラブ、デッド・オア・ライブなどの海外の文化を上手く日本流にアレンジで来ている。
この勢いは、おフランスをはじめヨーロッパを中心に波及していますね!

スウィンギング・ロンドン(Swinging London)

スウィンギング・ロンドン(Swinging London)は、1960年代におけるファッション、音楽、映画、建築などにおけるロンドンのストリートカルチャー。ミニスカートやサイケデリック・アートなどに代表される。
スウィンギン・シックスティーズ(Swinging-Sixties)とも呼ばれる。
キーワードは「ビートルズ」、「ミニスカート」、「ツィギー(モデル)」、「マリー・クワント」、「ヴィダル・サスーン」、「カーナビー・ストリート」、「BIBA」など。
1960年代は、ファッションやデザインの世界を根底から覆す、変革の10年間でした。
当時に生まれたアイデアやイメージは、今でも現代的です。ロンドンのポップ界や、イギリスのあらゆる音楽が、ファッションスタイルや服に多大な影響を及ぼすようになりました。
色鮮やかで手ごろな価格の若者向けのファッションは、ヨーロッパやアメリカまで広がって、大きな反響を呼びました。
グラフィックアートやポップアートが、ファッションや服飾品の布地デザインに刺激を与えました。
同時に、アールヌーボーやアールデコのデザインが再認識され、サイケデリックな色を加えることで新たに生まれ変わった時代でもありました。