音楽 Music

柳沢 翔 やなぎさわ しょう

油彩画で培われたアートセンスとアニメの技法を使ったファンタジックな映像表現で、CMを中心に活動する映像監督。
2004年、油彩画家として現代芸術家村上隆主催のアートコンペ(GEISAI3)にて銀賞受賞。
受賞作家としてルイヴィトン、フェンディ等のレセプションパーティーにて作品展示。
グラフィティアートに日本画を織り交ぜた作風で活動後、CMディレクターに転身。

資生堂 「High School Girl? メーク女子高生の秘密」篇

資生堂 Snow Beauty「逆さに降る雪-二階堂ふみ 窪田正孝」篇

椎名林檎 「長く短い祭」MV 篠原さや

椎名林檎の「長く短い祭」PVの篠原さや
久しぶりにかっこいいPVでダンスシーンが凄い!
ダンサーの「さや」さんのヘアスタイルが大好きです。

Arcade Fire アーケイド・ファイア

デーモン・アルバーン Damon Albarn

イギリスを代表するロックバンド・ブラーのフロントマン。
デーモン・アルバーン、ノエル・ギャラガー、ブライアン・イーノ

ミューズ/muse

1994年、マシュー・ベラミー(vo、g、key)を中心にして英国南部のデヴォン州テンマスで結成された3人組ロック・バンド。
10代からポップなメロディと激しいギター・サウンドで“ポスト・レディオヘッド”と期待される。

ザ・ホワイト・ストライプス The White Stripes

アメリカのロック/ブルース・デュオ/バンド。
アメリカ合衆国デトロイト出身。
1997年にデビュー。
ザ・ストロークスと共に、ガレージロック・リバイバルを代表するバンドとして知られる。

マリリン・マンソン Marilyn Manson

バンド「マリリン・マンソン」のリードヴォーカリスト

コートニー・ラブ Courtney Love

ニルヴァーナのカート・コバーンのワイフ。
ミュージシャン

the innocence mission イノセンス・ミッション

アコースティック・ポップ・サウンドが特徴のバンド、イノセンス・ミッション。
かつてジョニ・ミッチェルにも絶賛されたカレン・ペリスの歌声とソングライティング、パートナーであるドン・ペリスの繊細なギター・ワーク、マイク・ビッツの温もりに溢れたアップライト・ベースが魅力の作品。

インク・スポッツ The Ink Spots

ジ・インク・スポッツ The Ink Spots はアメリカ合衆国のヴォーカル・グループで、1930~1940年代に人気があった。
彼らの音楽はリズムアンドブルース、ロックンロール、ドゥーワップの先駆けになった。
リード・シンガー、Bill Kennyが持ち込んだバラード・スタイルで、人種を問わず愛された。
1954年解散。
1999年にロックの殿堂入り

ケネス・パッテンゲール Kenneth Pattengale

The Milk Carton Kids ザ・ミルク・カートン・キッズ

ザ・ミルク・カートン・キッズは、LAをベースとするケネス・パッテンゲイルとジョーイ・ライアンによるギター・デュオ。
2011年ごろからザ・ルミニアーズ、パンチ・ブラザーズ、KDラング等とツアーしたり、一部メディアに取り上げられたりしながら少しずつ知名度を上げてきた。
“サイモン&ガーファンクルの再来”とも評されるハーモニー/メロディ/歌詞・・・全てにおいて美しく抒情的な音楽性に加えて、ステージ上ではウッディ・アレンのように表情一つ変えずにユーモアを繰り出す様などでファンを獲得し、当時自分達で制作したアルバムをフリーで配信したところ11万に及ぶダウンロード数となった。
彼等と同世代の20代からS&G世代のファンまで幅広く支持され、ニューヨークタイムズは「優しく眩しいほどに響き合うコーラスは、サイモン&ガーファンクルやエバリー・ブラザーズのよう。

kings of convenience キングス・オブ・コンビニエンス

キングス・オブ・コンビニエンス(Kings of Convenience)は、1999年に結成された、ノルウェー・ベルゲン出身のアコースティック・ポップデュオ。

ESSIE JAIN エッシー・ジェイン

美しく繊細、安らぎのハーモニー、天性の才能を持つ女性シンガーESSIE JAIN (エッシー・ジェイン)
前衛的で良質な音楽をリリースし続ける”The Leaf Label”から天性の才能を持つシンガーソングライターESSIE JAIN

The Carter Family カーター・ファミリー

カーター・ファミリー(The Carter Family)は、1927年から1943年にかけて活動したカントリー・ミュージック・バンド。
ブルーグラス、カントリー等、ポピュラー音楽全般に大きな影響を与えた。
1960年代に起きたフォーク・リヴァイヴァルにおいても同様に影響を与えている。

ブッゲ・ヴェッセルトフト / BUGGE WESSELTOFT

1964年2月1日ノルウェー生まれ、ジャズ・ミュージシャンの父親の影響で幼い頃から音楽に興味を抱く。
10代後半からキーボード奏者として活動しはじめ、80年代からヤン・ガルバレク、テリエ・リピダルなどノルウェー・ジャズ界の先鋭的アーティストと共演。
90年代からオスロのアンダーグラウンドなクラブ・シーンとの交流を深め、エレクトロニクス、クラブ・ビート、サンプリングなどクラブ・ミュージックの要素を取り入れた新しいスタイルを探求し始める。
ニルス・ペッター・モルヴェル(tp)、アウドゥン・クレイヴ(ds)と共に、未来派クラブ/ジャズ・シーンの中心人物として活躍。

Giovanca ジョヴァンカ

70年代に生まれ、ディオンヌ・ワーウィックやミニー・リパートンなどのアーティストに傾倒するも、80年代にはポップス、90年代にはヒップホップに影響を受けます。
モデルとして10代からヨーロッパ中のトップ・ファッション・モデルとして数多くのファッション・ショーに参加しており、オランダを代表する黒人モデルとして今も活躍中。

ルー・ドワイヨン Lou Doillon

パリ近郊のヌイイ=シュル=セーヌにて、映画監督のジャック・ドワイヨンと女優兼歌手のジェーン・バーキンの間に生まれます。
シャルロット・ゲンズブールとケイト・バリーは異父姉妹に、ローラ・ドワイヨンとリリーは異母姉妹にあたります。

リアーナ Rihanna

ポップやラブソングなんかクソよ。
私が欲しいのは、希望が感じられて、気分がアガる音楽。
陳腐で過剰におセンチな曲はいらないわ。
困難な状況に置かれている人が勇気づけられて、情熱に火がつくようなサウンドが欲しいの。
聞く人の生々しい感情を呼び覚ます本物の音楽を書いてくれなくちゃダメ

獣電戦隊キョウリュウジャー主題歌

獣電戦隊キョウリュウジャーの主題歌を歌う鎌田章吾さん。
去年からお世話になっている方。
とっても、イケメンくんで、NICE ガイな人です。
2013/03/16(土) ららぽーと新三郷 スカイガーデンステージなど、CD発売と同時にライブですね。
すごく、音楽にも詳しいし、文化・芸術にも精通しているので、お話も楽しい。
吉井和哉さんのような音楽スタイルが目標とか!?
頑張ってほしいですね。

The Bravery

Pomplamoose パンプルムース

Of Montreal

Of Montrealというバンド名でありながら、実は米国ジョージア州アセンズで結成されたアメリカンな個性派インディーロックバンド。
1997年にボーカル、ギター担当のKevin Barnesを中心として結成され、デビューと同時にデビューアルバムとなったCherry Peelをリリース。

エイプリル・マーチ April March

1960年代のフレンチ・ポップスに影響を受け、英語、フランス語での作品を、主にアメリカ、フランスのインディーレーベルから発表。
クエンティン・タランティーノ監督2007年の映画『デス・プルーフ』(Death Proof) に使用されました。

シシド・カフカ Shishido Kavka

N’夙川BOYS

日本各地ならびに、ロンドンでもライブ活動を展開中。
ストレンジパワーPOPでキャッチーな楽曲、楽器をとっかえひっかえの演奏スタイル、デュエットソングの常識をハミ出しまくる男女掛け合いボーカル、といった独自のLOVEスタイルで、ロックンロールを現代に甦らせる、2010年代注目の大胆不適な!ニューカマー。

ジョニー・キャッシュ Johnny Cash

ジョニー・キャッシュ(Johnny Cash、1932年2月26日 – 2003年9月12日)は、アメリカ合衆国のカントリー、ロック歌手・作曲家です。
特徴のある深い声、黒服の着用と振舞いから”Man In Black”というニックネームで知られます。
「ロックの反逆性と、カントリーの哀愁、フォークの語り口」といわれる独特の世界を持つ歌が特徴でカントリー歌手のみならずポール・マッカートニーやリトル・リチャード、U2、ボブ・ディラン、カート・コバーン、キッド・ロック、アル・ゴアなどから熱いリスペクトを受けているアメリカ音楽史における重要な人物。

ゲイリー・ニューマン Gary Numan Tubeway Army チューブウェイアーミー

ゲイリー・ニューマンは、70年代後半のロンドンの音楽シーンにおいて頭角を現し、チューブウェイアーミーというバンドでアルバムを発表した後に、ゲイリーニューマンのソロの名前で以後音楽活動が定着します。
最もヒットしたのは、1979年に発表されたシングル曲の『CARS』であって、当時あったパンク、ニュウェイブ、テクノといった前衛的な音楽シーンにあって、記念碑的な作品となって、アルバム『PLEASURE PRINCIPLE』は成功を収めた。

ドレイク Drake

突如としてアンダーグラウンドからメジャーまで幅広い層から注目を集めるようになったカナダ出身のラッパー兼俳優のドレイク(Drake)
USAを中心に大注目を集めており、「久々の大物スターの誕生!?」

アポカリプティカ  Apocalyptica

フィンランドのヘヴィメタルバンド。
チェリスト3人とドラマーの計4人編成。
チェリストは全員シベリウス音楽院卒。
これまでに世界中でアルバムが200万枚以上売られ、ライブで訪れた国は30ヵ国以上に上ります。

ニコ Nico

ミック・ジャガー Mick Jagger

Jimmy Page ジミー・ペイジ

Bob Dylan ボブ・ディラン

ASIAN KUNG-FU GENERATION・後藤正文

チャットモンチーが7月4日にニューシングル「きらきらひかれ」をリリースする。
2012年4枚目のシングルとなる今回の作品は、後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATIONアジアンカンフージェネレーション)がプロデュースします。
以前、J-Waveを聞いていたときに、後藤さんはアジカンのアルバムに関しても、プロデュースを担当するとか。
メンバーとぶつかることも、しばしばで、3人のメンバーで飲み会があっても自分は呼ばれないとか。
プロデューサーといえば、亀田 誠治さんやクインシージョーンズを思い出しますが、ミュージシャンとして現場に立ちながら、プロデュースとはなかなかできない。
後藤さんは『The Future Times』という新聞も作っている。
坂本龍一
アジアン・カンフー・ジェネレーションの後藤正文
岩井俊二

アメリカの国歌

アメリカで行われたアンケート投票で、アメリカの新しい国歌を書かせるとしたら 誰に任せるかという問いに対し、22パーセントがブルース・スプリングスティーンが第一位!
テレビの報道特集番組『60ミニッツ』とヴァニティ・フェア誌の共同で行った  このアンケートでは、カントリー歌手の大物ドリー・パートンが19パーセントで第2位
スティーヴィー・ワンダーが18パーセントで3位
4位はボブ・ディランで11パーセント
映画サントラで有名な作曲家の  ジョン・ウィリアムズが10パーセントで5位
ジェイ・Zが8パーセントで6位
マドンナが5パーセントで7位でした。
やはり、アメリカは強いアメリカであって、民族の根底には、カントリーミュージックやブルースなどが流れている事が、再確認されましたね。

毛皮のマリーズ・志磨遼平・ドレスコーズ

東高円寺U.F.O CLUBのステージでシークレットLIVEを行ない、その後消息を絶っていたドレスコーズ、毛皮のマリーズの志磨遼平は動き出します。

サディスティック・ミカ・バンドSadistic Mica Band

元ザ・フォーク・クルセダーズの加藤和彦(ギター、ボーカル)、加藤ミカ(ボーカル)、角田ひろ(ドラムス、現:つのだ☆ひろ)のメンバーで結成される。
そこに高中正義(リードギター)が加入、1972年にシングル「サイクリングブギ」でデビュー。
ファーストアルバムを聴いたイギリスの音楽プロデューサー、クリス・トーマス(当時ビートルズやピンク・フロイドを手掛けたことで有名になっていた)からプロデュースの話があり、セカンドアルバム『黒船』を発表。
ミカバンドの音は初めてYMOを聞いた、未来を感じる電子音だった。
ブライアン・イーノ、ジョンケイル、坂本龍一、お店でよくかけています。

ブライアン・イーノ (Brian Eno) アンビエント・ミュージック (Ambient Music)

アンビエント・ミュージックは一般に環境音楽と訳されています。
イーノ のアンビエントもの、事実上の第1作  Discreet Music (目立たない音楽)がリリースされたのは1975年です。
このレコードのライナーでイーノ自身は次のように述べています。
その年の1月、ぼくは事故にあった。
大した怪我じゃなかったのだけど、ベッドに縛り付けられて動けない状態になった。
友人のジュディ・ナイロンがお見舞いに、18世紀のハープ音楽のレコードを持って来てくれた。
彼女が返った後、かなり手こずったあげく、やっとレコードをかけることができた。
でも横になった後で、アンプのボリュームが小さすぎ、しかもステレオの片方のチャンネルが鳴っていないことに気が付いた。
それを直す元気がなかったので、ほとんど聴こえないままでレコードをかけていた。
で、そのときふと、これって新しい音楽の聴き方かも?とひらめいたんだ。
このときの経験が、光の色や雨の音と同じように、環境の一部と化した音楽というものをぼくに教えてくれたんだ。
ぼくがこの作品を、比較的小さめ音から、聴こえるか聴こないかぎりぎりの音量でかけるようにすすめるのは、そんな理由からだ。
これはどんなレコードかというと、A面は30分で1曲、B面は8分ぐらいのが3曲(発表当時は当然LPレコード)で、オーケストラ演奏を特殊なテープレコーダで加工した、どこから始まって、どこで終わるのかわからない音が延々続くというものです。
当時この作品の評価は「退屈」、「眠くなる」というのが一般的で、今でもおおむね同じなのです。
いわば風鈴の音と一緒ですから、積極的に聴くものではありません。
聴こえるか聴こえないかくらいのボリュームです。
「そういえば何かかかってたな」、「でもどんな曲だっけ?」というのが正しい聴き方です。
こうした音楽には風鈴と同じ程度の意味と機能があります。
音楽が環境の一部であるということは、つまりそのほかの環境が変われば音楽の意味も変わるということでもあります。
環境音楽には TPO があるんです。

okamoto’s

全員が岡本太郎好きで、ラモーンズのように全員がオカモト姓を名乗る。
全員が中学校からの同級生であり、弱冠19歳という若さを誇るOKAMOTO’S。
音がいいですね。
最近の音楽を志す人は、昔の音楽をよく知ってるし、幅も広い。
いいですね。

Beatles

最近は音楽の幅を広げようと、アンビエント、テクノ、ブレイクビーツなど聞いています。
空間と音楽
これはとても大切
感性とは、人間の心情や物事の本質を見抜くことのできる目や心です。
空間、音楽、そして家具や照明
カフェなり、美容室なり、レストランなど人間の印象を大きく左右します。
時代は移り変わりますが、60年代、70年代は普遍的な美しさがあるように思います。
なんて、かっこいいんだろう!
ビートルズのファッション、ヘアスタイル、雰囲気
ローリングストーンズやフーなどもいいですが、ビートルズは抜けている気がします。
ジョン、ポール、リンゴにジョージ。
LOVE&PEACE
ジョン&ヨーコ

デヴィッド・ボウイDavid Bowie

彼ほどファッション・アイコンとして奉られてきたロックスターはいないでしょう。
ロングブリム・ハットのヘッドギア。
1975年当時、グラムロックの代名詞であった自分との決裂したデビットボウイがアメリカに渡った頃に好んだスタイル。
クラシカルなスーツやコート(ボトムはバギー)に大きなブリムのハットを眼深にかぶり、ちょっと気障にポーズをとります。

ブライアン・フェリーBryan Ferry

70年代から80年代まで、ロック最高のダンディーと讃えられた、ブライアンフェリー(ロキシーミュージック)。
70年代前半のブライアンはグラムな印象が強く、中世的な印象もあったが、70年代後半からはエレガントでダンディーなスタイルを強調した。
その変貌はデビットボーイと多少かぶったりするが、デビットボーイはよりポップであるのに対し、ブライアン・フェリーはクラシックで、オーセンティックなイメージが強い。

浅川マキ

吉田 拓郎(よしだ たくろう)

銀杏BOYZ(ぎんなんボーイズ)・峯田 和伸

サディスティック・ミカ・バンド(Sadistic Mika Band)

元ザ・フォーク・クルセダーズの加藤和彦(ギター、ボーカル)、加藤ミカ(ボーカル)、角田ひろ(ドラムス、現:つのだ☆ひろ)のメンバーで結成される。
そこに高中正義(リードギター)が加入し、1972年にシングル「サイクリングブギ」でデビュー。

ピチカート・ファイヴ/PIZZICATO FIVE

1984年、小西康陽、高浪慶太郎、鴨宮諒、佐々木麻美子の4人をオリジナルメンバーとして結成。
当初はドラマーの宮田繁男(後のオリジナル・ラヴメンバー)を加えた5人の予定だったが、4人で“ピチカート・ファイヴ”を名乗ることとなった。

はっぴいえんど

小坂忠、柳田ヒロらとともに結成したバンド、エイプリル・フールを脱退した細野晴臣と松本隆、そして大瀧詠一と鈴木茂が出会い、1969年にバレンタイン・ブルーという名前でバンドが結成された。

三宅裕司のいかすバンド天国

TBSで放送された深夜番組『平成名物TV』。
1989年2月11日に始まり、1990年12月29日に多くのバンドを輩出して幕を閉じました。

ビギン
BEGIN(5週勝抜、2代目グランドイカ天キング)
沖縄石垣島が出身のミュージシャン。
東京渋谷区道玄坂ライブハウスB.Y.Gで、今でも演奏しているのでしょうか?

たま(5週勝抜、3代目グランドイカ天キング)
高円寺のライブハウス・jirokichiで、解散後も演奏しています。

マルコシアス・バンプ(仮キング→5週勝抜、4代目グランドイカ天キング)
T.REXを彷彿とする日本のグラムロックはこのバンドでしょう。
ローリー寺西もいいですね

BLANKEY JET CITY(5週勝抜、6代目グランドイカ天キング)

AJICO(アジコ)
いつの時代も、今を生きる若い感性でわき目もふらずTeenが、突き抜けるものだと思う。

「ソラニン」

Noel Gallagher

『ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ』
あえてオアシスと比較させてもらうよ。
そのほうが簡単だから。
オアシスでは、10曲全てが一つの物語を綴るような、或は全てにまとまりがあって感情と音楽の旅に連れてってくれるようなアルバムを作るのが非常に難しかった。
というのも、俺が5曲くらい同じようなスタイルで書いても、リアムや他のメンバーが違う意味合いを込めた曲を書いて持ってくるわけだから、一貫性のある作品としてのアルバムを作ることが常に難しかった。
でも、このアルバムは、愛、希望、帰属、逃避といったテーマがそれぞれの曲を繋いでいる。
だからこそ、より聞きごたえのある作品になっていると思う。
旅を体験できるからね。
だから、俺に言わせれば、アルバムを最初から最後まで聞き通すと、そこには、普通の人のある日常が描かれている。
俺は自分の魂からしか曲を書くことができない。
それに尽きる。
不思議に聞こえるかもしれないけど、俺は自分が書くものに対して、自分でコントロールできないんだ。
例えば「よし、今日はダンス・ソングを書くぞ」と決めて曲を書き始めるようなことは絶対にない。
出来ないんだ。
家にギターが1本置いてあって、思いつくまま曲を書く、というだけ。
仙台でライヴをやったこともあったから、(震災の)数年前に行ったばかりだったから、あの光景を目の当たりにして、信じられなかったよ。
「一体何が起きたんだ」って。
その上、原発の問題も浮上して。
まだ冬だったし、とにかく酷いと思った。
ある映像で、誰かが丘の上から撮ったものなんだけど、町がみるみるうちに流されて消えてしまったってのを見た。
でも、一方で、世界中であれほどの惨事から立ち直れるとしたら日本人以外いないとも思った。
元の状態に戻そうと、懸命に働くだろう。
他の国であれが起きてたらそうはいかないだろう。
日本人は、なんて言うか、問題に対してそれを収拾しなきゃっていう集中力がある。
いずれにせよ、子供達の様子なんかを見て、ショックを受けたよ。
悲しかった。
おそらく、イギリス人には永遠に理解できないだろう。
イギリスには地震がないから。
日本では頻繁に起こるんだよね。
俺なんか津波というものさえ理解できない。
「何?ビルが丸ごと流される?どういうこと?」って。
俺の脳ではその情報処理は無理だ。
だから、世界中でこの困難を乗り越えられる国民がいるとすれば、それは日本人しかいないと思う。

Tradition In Transition

21世紀のブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ
QUANTIC and His Combo Barbaro(クアンティック・アンド・ヒズ・コンボ・バルバロ)の『Tradition In Transition』。
音楽に生きる人々、香りたつ映像美、魂の音、そこに在る笑顔が等身大につづられた、音楽と映像の総合アート作品です。
コロンビアのカリという中米の音楽シーンにおける最もアツい都市にクローズ・アップし、そこに生きるミュージシャンのありのままの姿を捉えた音楽・映像作品。
果物屋のフルーツの色、看板のペンキの色、ヘアに差しこむ光の色、このな写真は日本では撮れない。

凛として時雨

もっと、評価されてほしいアーティスト。
チャットモンチー
バンド内でいろいろあるが、メジャーで商業音楽とアーティストとしてのクリエイションは永遠のテーマです。

チャットモンチー

ザ50回転ズ

THE BAWDIES

音がいいですね。
AIとのコラボも、いいです。
メンズファッジの表紙にもなるようなビジュアルもいい。

勝手にしやがれ

音楽はなんでも聞くが、日本のJAZZベースをした楽曲では、東京スカパラ、PE’Zが有名だが「勝手にしやがれ」もいいです。
インディーズの頃からチェックしていたが、メジャー進出した。
スーツ姿がかなり決まっているこの七人からなるバンドは、ドラム & ボーカル、トランペット、トロンボーン、ベース、テナーサックス、バリトンサックス、そして、ピアノとそろっており、40年代~60年代のスイングジャズをべースに、ロックやパンクの要素が加わり、最高にかっこいい音楽を、彼らを見たままに男気に溢れ、渋く聞かせてくれますよ。

東京事変

椎名林檎とりわけ東京事変は、前から気になっていたが、メンバーがなかなかの凄腕ということで、調べてみた。
伊澤 一葉・ピアノ&キーボード
PE’Zを経て、現在「he HIATUS」に参加。
浮雲・ギタリスト
カントリーギタリストのピート・アンダーソンが好きだとか。

亀田 誠治 ベーシスト
この方が、プロデューサー、編曲などプロデュースしているアーティストが凄いですね。

刄田綴色(Drums)

Mariah Carey

KING OF POPSと言えば、マイケル・ジャクソンだが、マライヤもその一人だろう。
12月はマライヤとワムのクリスマスソングが街を賑わせます。
ベネズエラ系移民の父(アフリカ系ベネズエラ人とアフリカ系アメリカ人のハーフ)とアイルランド系アメリカ人の母(白人)の間に3人兄弟の末っ子として、ニューヨーク州ロングアイランドに生まれ醜い人種差別に耐えながら幼少期を過ごしました。
音楽はブラックミュージックを基盤としています。
ハイスクール卒業後、マンハッタンへ移り、ウェイトレスなどをしながらチャンスを待っていました。
その後、ブレンダ・K・スターのバックコーラスとなり、ブレンダに連れられて訪れたパーティー会場でCBSレコードのトミー・モトーラ社長へブレンダがデモテープを渡したことがきっかけとなり、1990年にデビュー。
デビューに至るまでの経緯として、デモテープをトミー・モトーラ(ソニー社長)に手渡したところ、トミー・モトーラはパーティーの帰りの車の中でデモテープを聴き、急いで引き返してパーティーの席上でマライアに契約を約束したという逸話があります。
そんなシンデレラ・ストーリーはデビュー間もなくして、現実となりました。
自分の意思で行動しなければ、何も現実は変わらない。
努力しても、成功するなんてどこにも保障なんてない。
だけど、努力をしないで成功した人は、世界中見渡しても一人もいない。
僕も何度も美容師として、失敗と挫折を繰り返してきましたが、その時々に神様が差し伸べてくれるように、素敵な曲をプレゼントしてくれる。

JUJU

JuJuがジャズアルバムを出したようです。
日本語の歌詞をのせても、ニューヨークの洗練されたR&Bの匂いがするのが、カッコイイと思う。
どんなに輝く人にも、そこに至るまでの道のりや困難、チャンスはそれぞれにあると思う。
リスクを背負うことの確信なき自信、というか。
12歳でジャズシンガーを目指し、京都府で過ごした学生時代に、DJなどの音楽活動を始めます。
18歳の時に観光で訪れたニューヨークを好きになり、半年後に単身渡米します。
ニューヨークで出会った作家のE-3やDJ HIROnycらと作り始めた音楽作品が、日本で評判を呼び始め、デビュー前に映画『凶気の桜』の主題歌制作に協力しました。
しかし、その後は順風満帆とはいかず、2004年発売のメジャーデビューシングル、2ndシングルともにセールスが振るわなかったため、以降の2年間は全てパッケージ作品のリリースを凍結します。
後にこの2年間を「出し続けて消費されるのが嫌だったんですね。アマチュアの世界ではうまい人が偉いけど、プロの世界では売れている人が偉い。
じゃあ売れる音楽ってなんだろうって、ずっと模索し続けた2年間だった」と振り返ります。
芸名の由来は、僕の大好きな、ウェイン・ショーターのアルバム『JuJu』から頂いたみたいです。
自分の人生を賭けたこの曲がヒットしなければ、道が閉ざされる状態で生まれた曲。

sion・シオン

山口県出身のSION(シオン)こと藤野秀樹氏は、故郷のライブハウスで、甲斐よしひろの曲などを歌いながら地道に音楽活動を続け、19歳の時にプロを目指すべく上京します。
新宿のアクセサリーショップなどで働きながら、少しばかり不自由である手で、ギターを掻き鳴らしてはオリジナル曲を唄い、当初からの志を決して曇らすことなく、じっとそのチャンスの訪れを待っていました。
ネタ切れになって創作が行き詰ることなど決して無い。
書くネタが無くなったら、書くネタがないと歌うだけ。
自分にとって歌とは生活の一部であって、飯食ったリ、寝たりすると同じです。

ザ・バンド (The Band)

1967年から1976年にアメリカで活動したロック・バンド。オリジナル・メンバーは、カナダ人4人(ロビー・ロバートソン、リチャード・マニュエル、ガース・ハドソン、リック・ダンコ)とアメリカ人1人(リヴォン・ヘルム)。
1983年にロバートソン以外のメンバーが再結成し、メンバー・チェンジやサポート・メンバーを加えながら1999年まで活動した。

ジャニス・ジョプリン(Janis Joplin)

ジョプリンは、小さな頃からベッシー・スミスやオデッタ、ビッグ・ママ・ソーントンなどのブルースを聴いて育つ一方、地元の聖歌隊に参加していた。
1960年に、ポート・アーサーのトーマス・ジェファーソン・ハイスクールを卒業し、テキサス大学オースティン校に入学。
高校では、他の生徒から孤立しがちであったが、仲の良かったグラント・リオンズという生徒にレッドベリーのレコードを聴かされたのを契機に、ブルースやフォーク・ミュージックにのめり込むようになった。
一時静養のためにポート・アーサーへ帰郷したが、1966年には再びサンフランシスコへと戻っている。
ヘイト・アシュベリーを中心としたヒッピーたちの間で際立って目立っていた彼女は、ビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニーに参加する。
バンドは、独立系レーベルのメインストリーム・レコードと契約し、1967年にバンドの名を冠したアルバムを発表したが、売れ行きは不調でレコードは早々に倉庫にしまい込まれた。
1970年6月29日から7月3日、「フェスティバル特急」と呼ばれた電車に乗って、カナダ・ツアーを行った。
ザ・バンドやグレイトフル・デッド、バディ・ガイ等が同乗した豪華なツアーで、この模様は、後に映画『フェスティバル・エクスプレス』として公開された。
1970年10月4日、アルバム『パール』の録音のため滞在していたロサンゼルスのホテルで死亡しているのが発見された。
27歳没。使用したヘロインが通常のものより高純度であったため、致死量を越えたことが原因であるとされる。
録音中だったアルバムの収録曲のうち、「メルセデス・ベンツ」はアカペラの仮録音、そして「生きながらブルースに葬られ」は本人の歌が録音出来ないまま演奏だけが収録されている。
遺灰は、カリフォルニアで海へ撒かれた。

Patti Smith(パティ・スミス)

シカゴで生まれ、ニュージャージーで育った。ニューヨーク・パンクの代表的アーティスト。
アルチュール・ランボーやボブ・ディランを始めとするアーティストに強い憧れを抱き、当初はそうした人々の愛人となることを目指してニューヨークへ移住するが、ロバート・メイプルソープらとの交流によって、自身もアーティストの一員であることを自覚した。
ニューヨークに移住したスミスは詩を書いたり、演劇に出演したりするなどの芸術活動を始めた。
その頃レニー・ケイと出会い、スミスが舞台で詩を朗読し、そのバックでケイが音楽を演奏するスタイルで活動をし始める。

ニルヴァーナ (Nirvana)

自分はあまりにも繊細すぎるんだ。子供のころに持っていた熱狂を取り戻すには、少し鈍感でなければならないのに、あまりにも神経質で感じやすいんだ。
この最後の三つのツアーでは、みんなやファンにはすごく感謝している。
それでもこの不満、罪悪感、感情は解消できなかったんだ。
人間みんなどこか必ず良いところがある。
だから本当に人が好きだ。あまりにも愛しているので悲しくなってしまうんだ。
自分は惨めで、ちっぽけな、何の価値もない、魚座の、救いようもない男。どうして楽しむことができないんだ。
分からない。
希望と思いやりに溢れたがんばり家の女神を妻に持ち、かつての自分に良く似た娘は愛や歓びに満ち、娘に善くしてくれる無垢な人たちみんな誰彼なくキスをする。
そんなことがとりとめがつかないほどの恐怖感を与えるんだ。
フランシスが自分のように惨めで、自棄で、やがて自殺するロック歌手になるなんて想像に耐えられない。
ただ、良い時期もあった。
すごくありがたいと思えるような、そのことには深く感謝している。だが、7歳の時からあらゆる一般人を憎むようになってしまった。
なぜなら他の人間はあまりにも簡単に他人の感情を共感しあっているから。なぜなら自分は人間を愛し、人にとても気の毒な気持ちでいるからだと思う。
この焼け付いて吐き気のする胃袋から礼を言うよ。今まで手紙をくれたり気にかけてくれてありがとう。
自分はすごく気まぐれな人間だから、情熱がもう情熱が冷めてしまった。
だから覚えておいてくれ、
徐々に色あせていくなら、いっそ燃え尽きたほうがいい
ピース、ラブ、エンパシー
カートコバーン
フランシス、コートニー。
俺は、これからは祭壇にいるから。
コートニー、フランシスを頼んだ。
俺がいなくなったら、もっともっと幸せに過ごすことができるフランシスの人生のために。
アイラブユー。
愛してる。

ラモーンズ (Ramones)

ニューヨークのクイーンズ区に住んでいたジョーイ(ボーカル)、ジョニー(ギター)、ディー・ディー(ベース)、トミー(ドラム)の4人により結成された。
1976年『ラモーンズの激情』(The Ramones)でアルバムデビュー。 1978年にトミーが脱退しマーキーが加入、1983年にマーキーが脱退しリッチーが加入するも1987年に脱退、マーキーが再加入、1988年にディー・ディーが脱退、翌年C・Jが加入という具合に、メンバー交代劇が4回あった。

New York Dolls・ニューヨーク・ドールズ

1971年、デヴィッド・ヨハンセンとジョニー・サンダースが主になって結成。
1972年にギターのリックとシルヴェイン・シルヴェインがメンバーチェンジ。 
フェイセズのUKツアーのオープニング・アクトに起用され、その激しいライヴや中性的なファッションが注目を集め、ルー・リードやデヴィッド・ボウイからも絶賛される。
ドラムのビリーが死亡したため、新たにジェリー・ノーランを加えて黄金期メンバーとなる。

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Posted by styleskoenji