日本的ロック Japan Rock

CAROL(キャロル)

CAROL(キャロル)は、日本のロックバンド。
1972年デビュー、1975年解散。
3年という短期間の活動ながらも強いインパクトを残し、以降の日本のロックシーンに大きな影響を与えた伝説のバンドと称される。
矢沢永吉が自ら書いた貼り紙で募集をかけ結成される。
そのとき貼り紙の文句は、「ビートルズとロックンロール好きなヤツ、求ム!」でした。

BOØWY(ボウイ)

1981年、群馬県高崎市出身の氷室京介、布袋寅泰、松井恒松を中心に結成される。
初ライブ後に高橋まことが加入し、1982年にデビュー。
当初は6人編成だったが同年秋に2人が脱退し、以降は解散まで4人編成で活動する。

COMPLEX(コンプレックス)

二人は、布袋の所属していたバンドであるBOØWYのアルバムに吉川が参加、また吉川のアルバムにギタリストとして布袋が参加するなど結成以前から交流があり、1988年12月10日にCOMPLEX結成を発表します。
同年4月に人気絶頂の中で解散したBOØWYのギタリスト・布袋と絶大な人気を誇っていたアイドルロックシンガー・吉川という異色かつ大型ユニット結成の発表に、世間の注目が集まりました。

BARBEE BOYS(バービーボーイズ)

メンバーはKONTA(近藤敦)、杏子、いまみちともたか(イマサ)、ENRIQUE、小沼俊昭(コイソ)の5人。
KONTAと杏子によるツインボーカルという、当時のバンドとしては稀な構成のグループであった。
バンド名は、酒場でたむろするゴロツキの意味「barfly」と付けたかったが、「fly」が「ハエ」とあまり品がないため「ハチ」を意味する「bee」に変えたことに由来。

BUCK-TICK(バクチク)

元々は1984年にヤガミ以外のメンバーと前任のボーカリストで結成されました。
非難GO-GOがバンドの前身です。
1985年に現メンバーでBUCK-TICKを結成。
インディーズ活動を経て、1987年にメジャーデビューを果たします。
デビュー当時は今井の楽曲センスと櫻井の魅惑的な中低音、CMタイアップとスタイリングの影響からバンド・ブームに沸くシーンにインパクトを与えました。
1989年にリリースされた3枚目のアルバム『TABOO』でチャート第1位を獲得し、名実共にトップアーティストの仲間入り。

ユニコーン(UNICORN)

1986年に広島県広島市にて結成。
1987年メジャーデビュー。
所属事務所はCBSソニー・アーティスツ(現・ソニー・ミュージックアーティスツ)。

RCサクセション(アールシーサクセション)

忌野清志郎をフロントマンとし、「King of Rock」「King of Live」の異名をとるなど日本語ロックの成立や、現在日本で普通に見られるロックコンサート、ライブパフォーマンスのスタイルの確立に大きな影響を及ぼした。
実際、RCサクセションに影響を受けたと公言するミュージシャンは非常に多い。

ECHOES(エコーズ)

ECHOES(エコーズ)は、現在は作家として活躍中の辻仁成を中心に結成されたロックバンド。
1981年結成。
1985年にCBSソニー(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)よりアルバム『WELCOME
TO THE LOST CHILD CLUB』でデビュー。
9枚のオリジナルアルバムを残し1991年解散。

THE STREET SLIDERS(ザ・ストリート・スライダーズ)

結成は1980年。
福生のUZUをホームに横田基地のキャンプ等でライブを重ね、「リトル・ストーンズ」と称され人気を博します。
1983年にはEPICソニーからメジャーデビュー。
ブルースを基調にした音楽性と、時代に媚びることのない姿勢は、2000年の解散までぶれることがない。
メンバーは20年間不動でした。

「ANARCHY」アナーキー

アルファベットでは「ANARCHY」、漢字では「亜無亜危異」(または「亞無亞危異」)と書きます。
バンド名の由来はセックス・ピストルズの楽曲「アナーキー・イン・ザ・UK」から名づけられました。

浜田 麻里(はまだ まり)

1980年代に女性ロックヴォーカリストの旗手として注目を集め、当時のハードロックジャンルとしては異例ともいえるアルバム売り上げを誇っていました。
1985年には初のシングル盤となる「BlueRevolution」を発表。
この頃からプロデューサーとしての活動も行うようになります。

SHOW-YA(ショーヤ)

1985年に「素敵にダンシング(Coke Is It)」でデビューします。
1980年代からのバンドブーム、特に女性だけのバンドとしては先駆け的な存在であり、牽引してきたバンドの一つです。
1993年頃から活動が凍結状態になり、1998年に解散。2005年に、1991年に脱退した寺田恵子の呼びかけで再結成を果たす。

REACTION(リアクション)

1983年に結成。
若手メタルとして実績を積みメジャーデビューを飾ります。
1989年3月にボーカルの加藤純也が脱退するのを期に解散。
その後、2006年に元BODY(バンド)の木村直樹を迎え再結成されました。
2008年にギターの斉藤康之が死去したためギターはサポートメンバーが担当している。

アクション (ACTION)

高橋ヨシロウ率いるアクションは、1982年に結成。結成当初のサウンドはハードポップと言われ現代のJ-POPに通じる物がある。
また、彼等の影響を受けたミュージシャンも数多い。
メンバーは元ノベラの高橋ヨシロウを中心に結成。何度かのメンバーチェンジを行っている。
作品数では高橋ヨシロウ(Vo/g)大谷慶一(b)本宮日登士(dr)広川大輔(g)のラインナップで発表された物が多い。

44MAGNUM(フォーティフォーマグナム)

ジャパニーズヘヴィメタル、ヴィジュアル系の先駆けと言えるバンドで影響を受けたバンドの数は多い(X-JAPAN、D`ERLANGER等)。
特にD’ERLANGERのギタリスト瀧川一郎とドラマーの菊地哲と元リアクション~グランド・スラムの加藤純也は、44MAGNUMのローディーとして働いており、瀧川は広瀬に弟子入りし、菊地は宮脇に弟子入りしていた。

LAUGHIN’ NOSE(ラフィン・ノーズ)

1981年12月、大阪で結成。
日本に確たるハードコアパンクシーンが形成される以前から、その中心的バンドとして活動していました。
バンド名の名付け親は初代ギタリストのアカベー。
当初のカナ表記は「ラフィー・ノーズ」。
轟音、粗暴、ノイジーなハードコアパンク界にあって、いち早くポップセンスを取り込み、その単純明快な楽曲は若者の絶大な支持を得ました。
メジャーデビュー前である1980年代前半から、THEWILLARD、有頂天と並び、『インディーズ御三家』といわれる程の人気を博しました。

GO-BANG’S(ゴーバンズ)

バンド結成後、地元札幌を拠点として活躍も、親の転勤により森若が東京に行くことにより、バンドは自然消滅状態に。
バンドの記念として自分たちの曲をテープに録ってライブハウスに残したものを、たまたまプライベートで札幌に居合わせたRCサクセションの忌野清志郎が、このライブハウスを訪れテープを聞き、放った一言「いいじゃん!!」がきっかけでデビューとなります。

WILLARD ウイラード

ウイラード、ラフィンノーズ、有頂天,を「インディーズ御三家」と呼んだ時代がありました。

筋肉少女帯(きんにくしょうじょたい)

1979年に当時中学生だった大槻ケンヂと内田雄一郎が組んだバンド「ザ・ドテチンズ」(別名ドンズ。当時の大槻のあだ名より命名)が始まり。
大槻は健康青竹踏みを打ち鳴らし、内田はエレクトーンを掻き鳴らした。

JUDY AND MARY (ジュディ・アンド ・マリー)

1991年6月、ヘヴィメタルバンド「JACKS`N`JOKER」のメンバーとしてメジャーデビューしていた恩田が、映画『いつかギラギラする日』の撮影で北海道を訪れた際、エキストラとして参加していた当時短大生のYUKIと知り合う。
映画スタッフ達との飲み会の場で、YUKIが「バンドをやりたいけどどうすればいいのかわからない」と恩田に相談した事がきっかけ、その後YUKIにデモテープを送ってもらった恩田がそれを聴いたところ歌声を気に入りボーカルに抜擢、1992年2月、YUKI、恩田、藤本泰司を中心に結成。

ZELDA ゼルダ

ZELDA(ゼルダ)は、1980年代から1990年代にかけて活躍していた日本のロックバンドです。
メンバーが全員女性のガールズバンドの草分け的存在でした。
女性グループとしてもっとも長い活動歴を持つことで、ギネスブックにも記載されています。
リーダーの小嶋さちほを中心に、音楽ジャンルも多彩にこなし、パンク、ポップス、ファンク、ブラックミュージック、そしてルーツミュージックと実験的なものを含め取り組み、次世代バンドに影響を与えました。

PRESENCE(プレゼンス)

PRESENCE(プレゼンス)は1980年代に活動した日本のヘヴィメタルバンド。
ジュディー&マリーの恩田さんがいますね。

KATZE(カッツェ)

KATZE(カッツェ)は日本のロックバンドです。
1980年代に活躍。1986年結成、1991年解散。

ZIGGY(ジギー)

ZIGGYのメンバーの初期の外観はバッドボーイズロック、およびLAメタル/グラムロックの系統であり、日本ではオケバン(お化粧バンドの略称)というカテゴリーに分類されるバンドです。
ヴィジュアル系と類似点があり混同されることがあるが、ルーツは全く異なり、ルーツとして挙げられるのは日本のヴィジュアル系バンドでなく海外グラムロック系バンドです。

BOW WOW(バウワウ)

BOWWOW(バウワウ)は、日本のハードロックバンド。
1976年にBOW WOW(バウワウ)の名前でデビュー。
山本恭司の驚異的な速弾きが注目。
1983年にギター兼ヴォーカルの斉藤光浩が脱退するまでオリジナルメンバー4人で活動を続けました。

PERSONZ(パーソンズ)

1983年結成。
当初は女性ボーカリストのJILLとギタリストの本田毅の2人のユニットという色彩が強く、バンド名もNOTHING PERSONALとしていました。
その後、元AUTO-MOD(一時並行して在籍)のベーシスト、渡邉貢とドラマーの藤田勉が加わり、1984年にバンド名をPERSONZに改名。
新宿LOFTを中心としたライブ活動を展開します

ARB(エーアールビー)

ARB(エーアールビー)は、石橋凌を中心としたバンドです。
1977年に結成、デビュー曲は「野良犬」(1978年10月25日)。
1990年に一度解散するが、1998年に新メンバーにより復活しました。

THE MODS(ザ モッズ)

THE MODS(ザ モッズ)
1974年前身のバンド「開戦前夜」を発展させて結成。

EARTHSHAKER(アースシェイカー)

1980年代に登場した関西系ハードロックバンドです。
1978年に結成され、主に関西のライブハウスで活動をはじめます。
popな楽曲を得意とし、44MAGNUMやLOUDNESSなどと共に80年代のハードロック・ヘヴィメタル界をリードしました。

LOUDNESS(ラウドネス)

LOUDNESS(ラウドネス)は、元レイジーの高崎晃と樋口宗孝が中心になって結成された、日本のヘヴィメタル・ハードロックバンドです。
二井原実(ボーカル)、高崎晃(ギター)、山下昌良(ベース)、鈴木政行(ドラム)の4人である。徳間ジャパンコミュニケーションズ所属。
80年代中盤に海外進出し、ビルボードTOP100。
モトリー・クルーの前座として演奏、日本人アーティストとして初めて、「マディソン・スクエア・ガーデン(MSG)」のステージに立ち、日本を代表するロックバンドとなります。

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Posted by styleskoenji