ソニアパーク SONYA S.PARK



田村哲也×ソニアパークに迫る


そもそも、ソニアさんが日本でスタイリストの仕事をするようになったきっかけを教えてください。
田村哲也:ソウルで生まれて、家族でハワイに移ったんだよね移ったんだよね。スタイリストとして成功してて、ファッションの権化のようなソニアが、どこでファッションと出合ったのか知りたいんだよね。だって、ハワイって一年中ゴム草履で、まったくファッションとは縁遠い場所だから。
ソニア パーク:血筋だと思いますよ。というのも1910年代の生まれだと思うんですけど、母方の祖母が若いころにシャネルの香水を使ってたようなおしゃれな人だったって、母が言うんですよ。この話、私は疑ってるんですですけどね(笑)。洋裁もすごく上手な人だったらしくて、その影響か、母もすごく洋服好きだったんです。変な話、彼女の発想の方が私より面白いかもしれない。時代が違っていれば、すごく面白い仕事とかアートとかをやってたと思うんですよね。それで、私に着せる服にも母のこだわりがあって、ピンクとかパステル系は東洋人の黒髪には似合わないって言って、色で言うと紺とか赤しか許してもらえないって感じだった。髪の毛も短いのはだめ、カールもだめみたいな。
田村:身近で影響を受けたのは、お母さんなんだ。
ソニア:子どもの時からそうやって育てられたから、急に女っぽい服ってなじまないじゃないですか。それで、ポロシャツ1つにしても、レディスだとシェイプされてたりしてイヤだったから、ボーイズを探したりとか、古着を組み合わせたりとかしてたんです。
田村:なるほどね。でも、どうして日本だったの?
ソニア:両親の子供時代というのはちょうど戦争中で、韓国は日本の占領下にあったんです。強制労働させられた人とは違い、父は高校まで日本語で勉強してきて、日本人のすばらしい教育者とも出合ったそうです。韓国って、人によって日本に対する感じ方が全然違いますよね。嫌いという人もいますが、父にとって日本は「懐かしいもの」であり、今でも、文章を読むのは、日本語が一番楽らしいですよ。その影響で、ハワイに移住してからも、和書専門の書店とかに行くことが多くて、「anan」とか「流行通信」とかをよく読んでたんです。
田村:日本語はどうやって覚えたの?
ソニア 17歳ぐらいの時に、日本人サーファーのボーイフレンドがいて、それがきっかけで(笑)。それで、雑誌とかを通して、80年代頭のDCブランドの中でもコムデギャルソンとかの世界のどこにもないようなすごいものを雑誌で見て、日本に行かなきゃって思ったの。でも、東京のファッションが好きで日本に来たって言うと、最初は信じてもらえなくえ。西洋でちゃんとやれないから、東京に来たんでしょって、二流扱いされるんですよ。
田村:わざわざ来たのに?
ソニア:NYにも行ったし、パリにも行ったけど、コムデギャルソンで受けたような衝撃はなかったんですよ。19歳の時に、サンフランシスコにギャルソンのお店ができて。コンクリートの中に、セーターが1枚置いてあるだけの空間を見て、素直に身体で感じたというか、美しいものを見たときに感動するのと一緒で、全く新しい感覚を目のあたりにしたんです。こんなにシンプルなのに、人に感動を与えられるんだなって。そういう日本の文化や表現が好きで、日本人の男の子が好きで(笑)、フィットしたんでしょうね。
田村:NYにも、パリにも、金髪美人に似合うセクシーなファッションはあったけど、ソニアに衝撃を与えるものはなかったんだ。当時、日本にいた人には、それが分からないんだよね、でも、順風満帆にみえるけど、そういう辛い経験をしてるんだ。
ソニア:辛いっていうわけじゃないけど、私はここで一生懸命やってるのに、わかってもらえないっていう気持ちはあったかな。でも、不思議だったのは、私は常に、メディアの人よりもエンドユーザーにサポートしてもらってきたような気がすること。間をつなぐ編集者たちはよくわからないって思っていても、雑誌で企画をやらせてもらったりすると、読者からの反応が大きくて、じゃあ次もやらせてみようかって感じだったと思うんですよね。

責任を持って良いものを提供する″セレクター″という仕事。 そうやって、ファッション全般の仕事に携わるようになったんですね。
ソニア:うーん…。私、ファッションはそんなに好きじゃないんですよ、洋服は好きだけど。
田村:ソニアの中で、洋服とファッションてどう違うの?
ソニア:最初は一緒だったと思うんだけど、ここ15年くらいで、ファッションがイタリアやフランスのメガブランド中心になって、かつては限られた人達だけのものだった商品をミドルクラスが買うようになった。世の中が豊かになった象徴だと思うんですけど…。
田村:誰もが手に入れられるようになってきたよね。
ソニア:かつては、服やバックそのものを見て、良いって判断できたり、それをずーっと身近に使ってきたりした人たちが、そのものに共感して買っていたと思うんだけど。今や、有名女優が着たっていうと、一般の人まで情報がバーッと広がって、みんなも買いに走るっていう。変な状態になってる気がする。雑誌やメディアも広告主の都合ばかりじゃなく、自分たちが伝えていくべきことは責任を持って伝えるべきだって思いますよ。両方をバランスよくやっていかなきゃ。
田村:それが、ソニアの言う「ファッション嫌い」の″ファッション″なわけね。じゃあ、ソニアが好きな、大事にしたいと思ってるのは何て言うんだろう?
ソニア:個性とか?クラフト…ともちょっと違うかも知れないんですけど、それに近いかな?
田村:本物みたいなこと?本物の素材で、手間暇かけて、きちっとつくってるなって、ソニアが共感できるものっていうのかな。なんか、ちょっとわかってきた。ソニアが今やっている活動っていうのは、すべてそっちにつながるのかな?そこが、支持される理由かもしれないね。職業はって聞かれたら、スタイリストって答えるの?
ソニア:なんでもいいんですけどね。そういう肩書きにこだわったことはないですけど。
田村:スタイルスト、ショップの経営、本の出版、音楽をセレクトしてCDも出してるし…。僕もソニアのパジャマで寝ているし、ソニアのCDをiPodにいれて聞いていて、相当ソニア化されてるんだけど…。
ソニア:そうですね…。今はセレクターが合ってるかもしれない。編集者。ジャーナリストっていう言葉でもいいのかも。あちこち行ってネタ探しをして、そこに自分の感覚を取り入れて、ある事件、私でいうと洋服とかを取り上げるってことだから。
田村:ジャーナリストって、世の中の不正を暴きたいとか、貧困をなくしたいとか、信念があってやるじゃない。ソニアはセレクターをやってて、何か伝えたいとか信念とかあるの?
ソニア:そんな、大きなことは考えてなくて…。最初はね、いいものを集めて、お見せやって、私こんなにセンスいいんですよ、というようなくらいのものだったんですよ(笑)。本当に。
田村:そうなんだ?
ソニア:そう。見てちょうだいって。(笑)
田村:いいよ、もう知ってるから(笑)。
ソニア:まあ、最初はそんな感じだったんですけどね(笑)。でも、お店をやっているうちに、自分がセレクトするときの責任を感じるようになったんです。お客さんが自分で一生懸命稼いだお金で、ものを買うっていうのは、すごく大事なプロセスだと思うんです。うちのお客さんもみんなが、お金があって何でも買える人じゃないんです。良く考えてお金をためてこれを手に入れました、それが嬉しいっていう人たちが多くて、そういう行為がすごくかわいいなって思うわけです。彼女たちが、そこまでして欲しいというものを提供する側としては、責任を持たなきゃいけない。お店が、私の表現の場なんだと思う。
田村:ソニアの考え方やセレクトしたものに共感してくれる人が、お店に来てくれるってことだよね。
ソニア:そうなんです。反面、だからこそ、買う人も責任を持って買ってほしいんですよ。例えばジーンズのインディゴはある程度色落ちしていくのが普通なのに、それを買って洗ったら色落ちして、こんなになっちゃいましたとか言われたら、ちょっと待てって思っちゃう(笑)。
田村:そういうのあるだろうね。あとは、衝動買いしてすぐに興味をなくして飽きちゃうとかね。ショッパー(買う側)の責任てやつか?
ソニア:私自身、そういう経験があるからわかる。パリの有名店に行って、これちょうだいっていってた時代もあるんですよ。好きでもない、ダイヤモンドのネックレスをつけたり。
田村:もしかしたら、ソニアの嫌いな、″ファッション″の方に、行っちゃてたかもしれないんだ(笑)。
ソニア:そうなんですよ。あのとき、誰かに、後ろからパーンッと 叩かれたんだと思うんですよね。誰だかわからないけど。
田村:誰が、叩いてくれたの?
ソニア:それが、たぶんお店をやったことだと思うんです。代官山にお店を出して、私って本当にものが好きなんだなって思う瞬間ていうのが、ものを通してつくり手の心が伝わってくるときだっていうことに気づいたんです。いいものって、魂がこもってるというか、私に語りかけてくるんです。そういうものをセレクトしたいし、大事にしたいって思うんです。お店を出してなかったら、気づかなかったかも知れませんね。だから、ただ単に、つくりが面白いってものには興味がないんですよね。逆に、どんなに一生懸命やったりしても、感覚がダメなものはダメ。だって、クマが鮭を咥えてる置きものとかはねえ…(笑)。
田村:うちの奥さんの北海道の実家にあるの、よくしってるねえ(笑)。確かに、あれだって、手で彫ってるし、魂こもってるよね(笑)。
ソニア:だから、そういうことなんですよ(笑)。手作業とか伝統だけがいいってことでもないんです。それが、センスというか難しいところなんですけど。自分がやってみたいことに挑戦する

仕事は楽しく趣味感覚で
ソニアさんが仕事を選ぶときのポイントというのはあるのでしょうか?
ソニア:仕事が一番楽しい、仕事は趣味だと思ってるから、その時自分がやってみたいかどうかですよね。物を作ってほしいと言われたら、自分が欲しいものだったら作ると思う。例えばCDは、自分でショップに行っても何を買ったらいいかわからないって思ってて、一つのコンピレーションにこういうものがあったらいいなっていうのを集めたんです。でも、本当に好きなものって、7~8割できれば上出来だと思うんです。ビジネスが絡んでくるからロイヤリティとかの問題で、実現できないこともあるし。
田村:仕事は楽しむ対象だということは、我慢してまでやるようなことはしたくないの?
ソニア:あんまりしたくないけど、我慢とやりたい気持ちを比べて、やりたい気持ちが大きければやりますよ。だって、100%やりたいことだけでやれるってことはないから。必ず、面倒なことってついてきますよね。
田村:それは、しょうがないよ。
ソニア:だから、楽しい度が高ければ、やってみますよ。でも、まずは、今やっていることを継続させていきたい。
田村:今やっていることを継続して、その先は?
ソニア:それは、もういっぱい。例えば、ホテルの経営してみたいとか。これはもう、夢みたいなものですけど。今のおしゃれホテルって、どこに行っても、パリも東京も韓国もみんな一緒でしょう。個性がなくて、面白くない。だったら、自分で面白いものを作りたいって思うんです。
田村:部屋の内装とか、テーブルウエアやベッドリネンとか、セレクターとしての究極はホテルだろうね。いいね。
ソニア:田村さんは、これから何やってみたいの?
田村:今日はオレのことはいいよ。これから、ゆっくり考えるから(笑)。ソニアのホテルで雇ってもらおうかな。プール係が第一希望なんだけど。
ソニア:田村さん英語もフランス語もできるし、おいしいお店とか知ってるし、コンシェルジュとかいいんじゃない?その時は、ぜひお願いします(笑)。