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Lustbass & Jess Connelly ジェス・コネリー

Sharing the Pain and the Gain
みんなが同じ悩をシェアしている

マニラで出会った人たちに「いま好きなアーティストは?」と聞けば、必ずと言っていいほどその名が挙がるシンガー、ジェス・コネリー。
そんな彼女にとっての重要なプロデューサーの一人でもあるラストベース。
いまのマニラ·インディーにおいて重要な役割を担う二人に聞いた、この街が持つムードについて。

タフにならなければいけない

アラン·マラバナンは、LUSTBASS (ラストベース)の名義でマニラを拠点に活動するプロデューサーだ。
正統派なソウルやジャズ、ファンクからの影響を感じさせるスムースでアーバンな彼のエレクトリック·サウンドは、2010年代に入ってからマニラのインディーシーンで市民権を得たスタイルのひとつであり、彼はそのサウンドにおいて、マニラでもっとも支持を受ける同時代のアーティストの一人でもある。
アランは16歳までタイのバンコクで過ごし、その後マニラにやって来て音楽を学びはじめた。
彼はアジアのなかでも、芸術や情報教育の分野で独自の取り組みを行うことで知られるデ·ラ·サール大学セント·ベニルデ校の音楽制作プログラムの記念すべき第1期生だった。
教員に現役のミュージシャンたちがラインナップするこのプログラムは、フィリピンの音楽シーンに現在進行形で多くのミュージシャンの卵を輩出しているという意味で、大きな役割を果たしている。
アランはそこで作曲の方法論から、シーンのネットワークに通じる扉を開く鍵までを得た。
「僕が在籍していた2000年代後半は、マニラの音楽シーンの主流は激しいバンド·サウンドで、エレクトロニック·ミュージックはそんなに盛りあがってなかった。
実際、僕は2 0 1 1年からWildernessというサイケデリック·ロックのバンドを組んでいたけど、僕自身は当時からどんなジャンルの音楽にもオープンだった。
ある日、Ableton Liveで作った曲がSoundCloudでたくさんのサポートを得ることができて、それ以降はラストベース名義でソロとしてやってる」インストゥルメンタルで曲を発表しているラストベースにとって、重要なコラボレート·シンガーであり友人
でもあるJess Connelly (ジェス·コネリー)もまた、オーストラリアで生まれ育ち、高校を卒業してから母のルーツであるフィリピンへとやって来た。
いまではすっかりマニラのインディー,シーンの顔役(ミューズ)だ。
「シンガーとしてのキャリアの最初はバンドのフロント·ウーマンだったのよ。SINYMAっていう古参のエレクトロ·バンドだったんだけど、私がマニラの音楽シー
ンで活動するための方法は彼らにすべて学んだわ。
次第にもっと自分が聴いていたような、R&Bやソウル、インディーのヒップホップみたいなことがしたくなって、プロデューサーのCrvvnと一緒に4曲入りのE Pを出した。
それはお互いにって大成功となったの」
ともにフィリピン国籍を持ちながらも、10代後半で初めてマニラにやって来たアランとジェス。
この街でうまく音楽をやっていくうえで重要なのは、ローカルのコミュニティでの振る舞いだと強調する。
アランの見立てはこうだ。
「過去を振り返っても、いまのマニラのインディーシーンはより開けた状況にあると思う。それまで見たことなかったようなアーティストがどんどん現れて、なかにはそれを好ましく思わない人たちもいるんだ。でも、最終的に同じコミュニティで成長していけるかどうかは、どこまでオープンマインドな態度でいられるかに懸かってる。タイ
はみんな落ち着いてるけど、とても平和的で閉鎖的。一方でフィリピンは少しカオスだけど(笑)、みんな優しくて協力的なところがあるから」
ジェスも続ける。
「これまではものごとが何かのコピーによって作られていることが多かったけど、私がマニラで活動を始めたころには、もう豊かなパーソナリティーとオーセンテイシティー
がしっかりと存在していたわ。それらはとても有機的なものだった。曲をプロデュースしてもらうのも、写真を撮ってもらうのも、みんなが友人同士であることが多いし、私
たちはお互いに助けあいながら働いている感覚がある。だから私は、マニラの外の人と働いているときでも、どこかマニラの人たちのことを想像している。フィリピンのいい
プレゼンテーション(模範)になること。それが私のやろうとしていることのすべてだわ」
関係性に依存したクリエイティブは、ともすれば馴れ合いに陥る。
成長の過程にあるシーンにおいて、その門戸をつねに広く解放しながらも、ローカルのつながりや付き合いを尊重するのは必ずしも簡単ではない。
「仲が良すぎるように見えるのも、マニラらしいことか?」と聞くと、アランとジェスは少し困ったように笑って言った。
「お互いに批判することをしないっていうのは、その通りだ(笑)。でも、批判されたときこそものごとを建設的に捉えて、より深く人びとを理解するためにタフになら
なければならないと思うんだ」
「フィリピン人はみんな優しいし、気を使ってくれるの。同時に、盲目で傷つきやすくもある(笑)。もちろん音楽については、本質的かどうかが一番よ」
最後に、アランが言い足す。
「いずれにしても、フィリピンでみんなが抱えている問題は、少なからず音楽とも関係があると思う。3時間の渋滞なんて、マニラの人たちみんなでシェアしている悩みのようなものだ(笑)。だから、僕らはいつも誰かと簡単につながることができるんだよ」