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東京百景 又吉直樹 高円寺の風景

人情と奇妙奇天烈を標榜する高円寺いう町がある。
徳島の名物である阿波踊りを、「高円寺阿波踊り」と称し、町おこしを図っていることからも自由奔放な気風と解る。
例えば夏の夜半過ぎ、誰もいない高円寺駅前の公衆便所で用を足していると、そこ現れた汚いおっさんが他の小便器が空いているのもかかわらず、なぜか僕の背後に立った。

その時の僕の恐怖は誰にも理解できまい。
僕はおっさんに小便をかけられたり刺されたりしないよう激しく左右に首を振り、「何?何?何?」と声を出して必死に警戒した。
おっさんは、「すみません、すみません」と何度も謝るのだが、一向に僕の背後から動こうとしない。
目的は一体なんだ?
僕は不快な残尿感に襲われながらも便所から何とか逃げ出した。
おっさんは「すみませ~ん」といつまでも謝り続けていた。
例えば冬の夜明け前、酩酊した男が見知らぬパンクスの女に声を変えた瞬間。
女は殺意のこもった眼で男を睨みつけたかと思うと、突然前方に走り出し、近くに止めてあった他人の青い自転車に飛び蹴りをかますと、何事もなかったように歩き去った。
恐ろしかった。
そんな奇妙な高円寺の一角で、僕は20代の初めを過ごした。
隣人の溜息さえも聞こえるほど、壁が薄くて古いアパートだった。
テレビを見る時は、天井を睨みながら「動くな」と念じなければならない。
二階の住人が部屋の中を移動するだけで映像が乱れてしまうのだ。
ある日、二階に住む中国人女性が大規模な部屋の模様替えを行い、置いてはいけないところに家具を配置したため、僕のテレビは何も移さなくなった。
僕の実家もそうだったので懐かしくもあったが、テレビが映らない事を思い出し、懐かしがっている場合ではないと我に帰った。
週末になると、二階の女性の部屋に恋人らしき男が来訪するのだが、夜が更けると決まって口論になった。
「何で理解してくれない?誰も私の事解ってくれない!」。
彼女が毎朝六時に家を出ることを知っていた僕は、「僕は解ってるで、頑張りやさんやもんな」と階下で頷いていた。
彼女もまさか、こんな近くに自分の理解者が存在するとは思いもしなかっただろう。
二人の喧嘩が極度に騒がしくなった時は、立ち上がって「コンコン」と天井をノックする。
すると決まって彼女が「ほら~」とつぶやき、ようやくアパートに静寂が訪れる。
想いでのアパートは老朽化のため取り壊された。
そのアパートで一番印象に残っているのは、その中国人女性が彼氏とアパートを出て行くときに雨が降っていて、「傘がない」と騒いだあと、僕の部屋の郵便受けに掛けてあったビニール傘をガチャガチャと強引に盗んでいったことだ。
僕は部屋にいて、一部始終の音を聞いていたが留守のふりをした。
カーテンの隙間から外を見ると彼女は男が濡れないよう懸命に手を伸ばしていた。
今でも僕は高円寺に行くと、最後は必ずアパート跡地の前に立つ。
すると脳髄に阿波踊りが激しく鳴り響き、目の裏にパンクスの女に蹴り倒された自分の青い自転車を寂しそうに立てる二十歳の僕が浮かび上がるのだ。
踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損。