1980年代 合田佐和子 石原左知子 石岡怜子

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合田佐和子

才気走った若い頃って、見栄も張ってたから、疲れた。でも、今は垣根をみ~んなブチこわして、すごく楽。大人になるっていうことは、ひたすら自分に素直になること。

大人っぽい女って言いうと、みんな’アンニュイ’とか、’デカダン’とかって考えるでしょ。
でも私ってそんな不健康な世界って大キライ。30歳過ぎていい年した女が、相変わらず不健康やってるとしたら、ビョーキね。はっきり言ってアホだと思う。
若いうちはね、自分で痛い目見なきゃ、なんにもわからなかったから、からだもこころも随分いじめたわ。何しろまわりがユニークな人ばかりで、自分のフツウさにコンプレックスを持っていたからね。絶対に合わない人と無理に結婚して5か月で離婚したり、突然、髪を金色とピンクに染めたり。
でも、若いときは気力も体力もあり余ってて、どんなに落ち込んでも、ちゃんといい方向に回復したでしょ。いまはパワーダウンしている自分を知っているし、価値観も変わったから、何よりも自分を可愛がってる。
その実例としては、来年の4月からエジプトに永住することにしたの。どうしてなんていう理由は全くなし。ただ、ある時、フッとエジプトに住みたい!って思ったから。自分のひらめきを大切にすることが、結局、楽しく生きるコツだもん。

石原左知子

若い頃、原宿にたむろしていたのは、素敵な人に会いたい、見たいって、すごく、そういうのがありましたね。

私が高校生の頃って、VANとかJUNしかなくて、こんなに既製服がなかったのね。かわいい服を欲しがっているのに、どうしてないんだろうっていう欲求不満がたくさんあったの。だから、原宿に、「MILK」や「BIGI」ができたときは、ほんとうにうれしかった。
私は、20歳でもう洋服屋をやっていたんだけど、そういう欲求不満みたいなところからはじまったのね。
いまは、物が豊富にあるでしょう。若い人たちの洋服に対する興味の示し方や、執着の度合いが、強烈じゃなくなっているのは、仕方がないんだけれど、逆に、かわいそうだとも思うのね。好奇心を持たなくても、いい状況に置かれちゃっているんだもの。
いろんなものをみて興味を持つのには、好奇心がなくっちゃね。私は、おばあさんになっても、人や物に対して、好奇心を持ち続けたいって思ってる。
それは、人を好きになるってことと同じなのよ。若い頃より、今の方が、直接的になってきているの。感情をストレートに、素直になったということかな。
好きになるって、人間として好きになる部分と、異性として好きになる部分とがあるけれど、30すぎると、やっぱり人間としてすきになる、理解できるなあって感じがする。相手も「女の子」ってみるんじゃなくて「個」として、みるようになるしね。

石岡玲子

今は、20代30代を振り返ることより、あと2~3年たって、何がつかめるかな、どうなるかなってことのが面白い。

30歳になったから、今までと、まるで違ったみたいなのはあまりありませんね。仕事も、がむしゃらで、必死にやっていますし。
若いときは、まわりのことって、何もわからないんですね。まわりのことを、わかろうと努力するよりも、自分の持っているものを、どう表現しようということで頭がいっぱいでしたね。
そして、年を重ねるごとに、経験を積んで、いろんなことが少しずつわかってくるようになるのね。多少だけど、昔よりわかってきている。でも、ひとつ見えると、見えない部分が、いかに多いかってことが、あらたに、分かったりしますね。
若いときは、自分が、何がわからないのかも、わかっていなかったんですよ。それぐら漠然としていました。ただ、がむしゃらだけだったんですね。
20代の頃は、30代の時に、何かを自分で発見できなかったらまずい、と思うところがありました。だけど、いまは、20代も30代も、ひとかたまりの過去にすぎないんですね。自分ではこれから、40歳から始まるみたいに思っているんですよ。
意識としては、遅いかもしれないしれないけれど、40代で、もうちょっとものがみえてくるのかなって、ものの本質がわかってくるかしらって思いますね。
だから、年をとるのが楽しみでもあるんです。今の自分と違う自分を発見できますしね。