北村 信彦 NOBUHIKO KITAMURA



モッズヘア」田村哲也氏がホストとなって、エッジのきいたクリエイターと繰り広げる対談企画


田村哲也:そういえば、善雄ちゃん(演出家・若槻善雄)同級生だったんだよね?
北村信彦:ええ、そうだったんですよ。東京モード学園で。あ、でも、じつは僕、もともと、美容学校に行こうと思ってて。入学する美容学校も決まっていたんです。
田村:えっ、うそっ(笑)。どこの行こうと思っていたの?
北村:代々木にある専門学校だったんですけど。
田村:じゃ僕の後輩になってたんだ(笑)。
北村:ほとんど決まってたんです。あとはお金納めて、必要な資料をもらいに行くくらいまで。で、そのときにテレビ見てたら、西新宿に東京モード学園が開設するというドハデなCMが流れていて。
田村:それでモード学園に行っちゃったわけね。そりゃ、美容界の大損失だ(笑)。で、学校卒業してから、オゾンコミュニティに入ったの?
北村:ええ。当時、オゾンから「もうひとブランドつくるから、やらない?」って誘いがきて、’84年の6月ですかね。それでオゾン入って、ブランドコンセプト考えて、1か月後には初めての展示会やってました。
田村:それ、早いね!でも、それこそ、学校卒業したての若者が「やってみない」って言われたわけでしょ。
北村:はい、たまたま、学生時代、僕、オゾンでバイトしてて。そのとき描いたデザインのいくつかがヒットしてたみたいで、その辺を買われたっていうか。
田村:すごいね。でどんなブランドコンセプトなの?
北村:僕がそのとき言ったのは、″自分の引き出しの中にずっと持っていて捨てられないもの″をつくりたいって。今は、使ってないけど、思い入れがあって捨てられないみたいな。何か、そういう価値観のあるものをつくりたいって言ったかな。
″このイラストいいね、誰が描いた?″その一言で、ニューヨークに飛ぶ
田村:ところで海外とかは当時から行ってた?
北村:初めて行ったのは’86年のニューヨークかな。
田村:それは仕事で?
北村:いいえ。というか、行くことになったのは、ニューヨークに行っていたフランス人の友人からの真夜中の電話がきっかけで。いきなり電話口で「昨日、お前のつくったジャンパー着てクラブ行ったら、後ろから声掛けられて、「このイラストいいね、誰が描いた?」って聞かれたんだけど、それ誰だと思う?」って。で「分かんない」って言ったら。「アンディー・ウォーホルだよ」って。
田村:えー、ウソっ!
北村:ですよね。僕も当時、「マジで!」って絶叫。で、これはもう会いに行くしかないと思って、とりあえず、作品まとめたんです。当時は、海外出張に行かせてほしいなんて言えなかったんで、乗ってた車売ってつくった80万を旅費にニューヨークに行ったんです。
田村:それで、ニューヨークではどうだったの?
北村:ウォーホルに会うと言っても、コネはゼロ。いろんなとこ行きましたよ。で、最後、「セイブ・ザ・ロボット」ってクラブかな。朝4時から開く変わったクラブ。そこで日本人の女の子とと知り合って。事情を説明して「アンディー・ウオーホルに会いたい」って話したら、たまたまその子の彼氏のお姉さんがウォーホルの事務所で働いていることがわかって。
田村:良かったね。で、会えたんだ?
北村:いや、それがダメだったんです。たまたまバカンスでいないってことで。僕はもう帰国のリミットだったんで、次、来たときのアポだけ頼んで帰ってきたんです。
田村:う~ん、残念。
北村:ええ。で、ニューヨークから帰ってきたら、その余韻もさめない、翌翌月にウォーホルが亡くなって。
田村:えっ!あれって、’86年だっけ?
北村:’87年。忘れもしない’87年2月22日です。
田村:なるほどね。ところでのぶさんのデザインはストリートっぽさが強いよね。一方でもっと構築的な服をつくらないとみたいなことを考えたことはある?
北村:ありますよ。だって’80年代中盤は川久保玲さん、山本耀司さんが全盛で、自分もコレクションで新しいシルエットをつくらなきゃいけないのかなって。
田村:でも、やらなかった。その理由は?
北村:実は、ニューヨークから帰る時に、2冊、本を買ったんです。1冊はディオールの歴史の 本、で、もう一冊は「アートオブロック」という本。それを飛行機で見てたんですね。当時から、川久保さんや山本さんは、すごくクリエイティブな仕事をしていたんだけど、ディオールの本の過去の作品を見ていると、その世界観がダブって。「あー、あの人たちもこういう影響を受けて今があるんだ!」って気づいたんですね。
田村:クリスチャンディオールは、構築的デザインの元祖みたいなものだからね。
北村:ええ。それでディオールの本とロックの本、改めて2冊眺めながら、自分はどっちだろうって思った時、やっぱ僕は断然、こっち「アートオブロック」だなってふっきれたんです。自分はずっと’60~’70年代のポップカルチャーや音楽に影響されて生きてきたわけだし、この先、物をつくって行くなら、そっちを深く掘り下げていこうって。
田村:でも大正解だよね。そっち側のデザイナーだけがデザイナーじゃないもん。逆にホント、街を歩いている人たちにインパクトを与えるのは、パリコレよりもブティックって発想だよね。それこそ街で、クラブで、誰かが着ているのを見て「あれ、どこの?」みたいな。だって当時、まだストリート系なんて言葉すらなかったでしょ。
北村:ええ。自分も最終的に何が嬉しいかって言ったら、知人が海外行ってウチの服を着てたら「それどこで買ったんだ?」って声掛けられて、友達できて感謝されたりとか。そういうのがすごく嬉しいんです。つくったものが一人歩きして、話題になってるんだなって。
ファッションだけでなく、写真集も世に出す、その背景
田村:それとヒステリックっはいろんな写真家の写真集も出版しているよね。もう30冊以上出してるでしょ。
北村:もともとはカタログとか普通に撮ってたんですけど、やって行くうちに何か、結局カメラマンじゃんってとこがあって。で、ある日、「プロヴォーグ」と「グレイン」という、昔のいろんな写真家たちが自費出版でつくった写真集が出てきて、見てたら面白いんですよ、表現が。それでそういうのつくろうって。
田村:それで、あの大評判ができたんだ。森山大道さんの写真集も出してるよね?
北村:あれは4合目です。あの作品で、方向性とか、すべてが変わりました。森山さんの作品、「写真よさようなら」「光と影」を見たのがきっかけなんですが、もう全部、秀でてるし、ページめくっている間にも、ノイズとかいろんな音楽がガンガン鳴っているし。それで「とにかく、この人、訪ねよう!」って。
田村:で、すんなり引き受けてくれた?
北村:いえ、最初は断られたんですよ。森山さん、断る理由で「まるまる一冊ならやってもいいよ」って言ったらしいんですけど、「是非!」って言ったら、返事は「400ページ!」。きっと僕なら引くだろうって思ったらしい(笑)。でも「いいっすよ、お願いします」って(笑)。それから1年半か2年くらい撮りためて頂いて出版することができたんです。
田村:通常なら、森山大道に「ヒステリックグラマー」の広告を撮ってもらうっていう発想なのにね。
北村:そうそう。スポットを当てるのは、服じゃなく彼らの作品なんですよ、スタンスとしては。
田村:そのお陰で若い子たちにも、森山大道が広まったらしいね。のぶさんの作ったギャラリー「RATHOLE GALLERY」には、そういう役割あるのでは?
北村:そうあってほしいですね。RAT HOLEって「ねずみの穴」って意味でしょ。あれは、でかい完璧な白壁のギャラリー中に何か、ひとつ皮肉るものがあったらってことでつけたんです。
田村:実際に穴、あるんだよね、ねずみ入りで(笑)。
北村:(笑)。あと、″RAT″はアナグラムで″ART″にもなるんです。ちょっとした言葉遊びだけど。でも、やっぱ一番、嬉しいのは、若い子たちが熱心に見てくれているんですよ。何か、流行りもの見てる目じゃなく、すごく何かをつかもうとする目なんです。それを見ていると、ホント、出してよかったなって(笑)。 ″いろいろ言っても、やっぱ「着られてナンボ」なんで、服は″
田村:皆さんに必ず聞く質問なんだけど、物づくりの中で北村信彦としてOKを出すラインは どこにある?
北村:いやー、難しいですね(笑)。…ひとつのものができた時はいいなと思っても、時間が経ってくると「あー、まだまだだな」って思えちゃう。でも、できたてよりも、誰か人の手に渡ってその人が着ているのを見て確認する。そこでのジャッジが多いかも。
田村:自分の服を実際に誰かが着ているとき、どう映るかってことだよね。そこに自分の判断を置くんだ。
北村:そうですね。つくったときはさらっと流してたんだけど、時間が経って誰かが着ているのを見て、「あれっ、それ、どこの?あ、ウチのだ!」ってなったときに、「案外、これはこれでいいんだな」って実感したり。もちろんその逆もありますけど(笑)。あと、その人の体型に思いのほかフィットしてたりとか、ですね。″着られてナンボ″なんで、服は。
田村:そういう意味では、ヘアデザインもその最たるものですよ。髪を切った日は別だけど、普段はお客様の感覚でスタイリングされて、かっこよくてナンボですから。
北村:似てますね。切りたてより少し時間が経過した方がいいとか(笑)。
田村:そう(笑)。だから服も、シワの付き方とか、パンツならどの辺りまでまでずり下げてはかれて、初めて味が出るみたいなね。
北村:ええ。新品のものって、何か味気ないんですよ。できたてほやほやって感じで。
田村:まだ生きてない状態なんだよね。
北村 :そう、生きてない状態。それが、誰かが着て、馴染んでシワがよって初めて生きてくるっていうか。
田村:やっぱノブさんにとってのファッションは、ナマモノなんだろうね。
―では最後に、物づくりについて、「Shinbiyo]を読んでいる美容師さんたちにメッセージはありますか?
北村:「追求する気持ちを常に持っていてほしい」って思います。人間って何個か自分の得意技持つと、ずっとそれを繰り返す習性があると思うんです。
田村 :そうなると成長は止まってしまう?
北村:そうです。また自分の仕事以外のことでも興味を持って追求していくと絶対メインの仕事にも役立つようになると思います。