菊池直子 NAOKO KIKUCHI

「モッズヘア」田村哲也氏がホストとなって、エッジのきいたクリエイターと繰り広げる対談企画

Y’s bis LIMI
Soen Apr. 2001
Photographer: Rosemary
Styling: Naoko Kikuchi
Model: Kae

「ハイファッション」編集部退社後、フリーランスに。「ELLE」ファッションディレクター、広告などを手掛けている。
―菊池さんは、現在「ELLE japon」のファッションディレクターとして活躍されていますが、田村さんと菊池さんが出合ったきっかけを教えて下さい。
田村哲也:「装苑」の撮影で、僕がヘアメイクを担当して、菊ちゃんが編集者だったんだよね。最初にあったのって80年代くらい?
菊池直子:そう、80年代、入ってすぐ。文化出版局に入った直後だから、22とか23歳ぐらいだったと思います。
田村:その頃から、菊ちゃんは普通の編集者と違ったんだよね。ヨーロッパの編集者だと、もう根っからのエディッターっていう人がいて、その人の感性や独自の基準でページをつくり上げられちゃうような人って何人かいるじゃない。例えば、今のフレンチ「VOGUE」編集長のカリーヌ・ロワットフェルドとかね。
菊池:「プラダを着た悪魔」のモデルになったアナ・ウインターとか。
田村:そうそう。ああいう人がたくさんいて、そのお陰で、僕たちヘアメイクとかカメラマンも育てられた。でも、日本の場合は、ファッションを感性で捉えられる編集者って少ないと思う。
菊池:そうですかねぇ
田村:菊ちゃんは、その頃から、″自分″があるっていうか、自分の感性むき出しで、脚も生脚で…(笑)。
菊池:それはストッキングが嫌いってだけ(笑)。
田村:とにかく(笑)、その現場に着てくるものから、集めてくる服から、ページ構成まで、″自分″という基準があるんです。その辺りが、他の編集者と全然違うなって感じだった。
菊池:えー、そうですか?そんなつもりはなくて、私一人だけ若くて、すごい人たちの中で仕事してたから、みんなに助けてもらったと思ってるんですよ。
田村:そうなの?そんな感じ、ぜんぜん無かったけど…。
菊池:えーっ?私、感謝してたのに、今まで(笑)。すごく個性の強い人達に囲まれてたから、みんなのアイデアを上手くまとめられなくて、でも自分の我もあるから(笑)、大変でしたよ。泣いたこともあるし。
田村:そうだったんだ。普通、編集者ってまとめ役っていうか、現場が順調に進めばいいって方に行きがちじゃない。だけど、菊ちゃんの場合、″自分″をガンガン出してくるわけ。だから、現場にもう一人エディッターっていうクリエイターが入ってくる感じで、本当に、パリとかロンドンで仕事してるみたいだったんですよ。
菊池:全然、気づいてなかった。っていうか、私、自分はまとめ役だと思ってました…。
田村:どっちかって言うと、水に石を投げ込むほうだよ(笑)。それでまた、ワーッとなって、みんなでやりあうみたいな。
菊池:そうなんだ…。それで、苦労したんだ。そういうことだったんですね(笑)。
田村:でも、そういうところがあるからこそ、フリーになってからも、ファッションディレクター、スタイリストとして活躍できるわけで。当時から感性とか自分の基準を、強く持っていたんだなって思うんですよ。
菊池:確かに自分らしさは出したいと思ってたけど、自分の感性とか意識していませんでしたよ。
田村:あったよ。「こっちのほうがいい」とかいって、よく言ってたじゃない。自分で気づかないって言うのがすごいよね(笑)。
菊池:えー、言ってたかなあ?でも、読者をびっくりさせたい、刺激を与えたいっていうのはいつもあって、それにはどうしたらいいかなって言うのは、ずっと考えてますね。でも、新しいことをするためには、自分もリスクを背負わなきゃいけない。その覚悟はいつも持ってます。そうじゃなきゃ、みんな一緒にやってはくれないですよ。その上で、自分らしさを出したいって思っていますよね。
田村:だからこそ、一人のクリエイターとして、現場のスタッフがみんな認めていたんだと思うよ。
自分らしく表現できるファッションディレクターという仕事。
田村:どうやって自分のページを考えていくの?
菊池:例えば、有名デザイナーのファッションストーリーを紹介するとしますよね。パリコレで見たデザイナーのショーに対して、私は平面の雑誌で、自分なりのどんなファッションストーリーを描けるか、それにはどういうふうに写真を撮ったらいいかって考えるんです。その世界に近づこうというよりも、デザイナーのショーでこういうふうに表現したんだったら、私は自分なりにこんなふうに見せられるよって、世界を広げたいというか、そういう気持ちはいつも持ってますね。
田村:そうやって、自分のページの中にファッションを取り込んでいくんだ。
菊池:そうですね。私自身、ファッションが好きで、どこのブランドの洋服を買って…というタイプじゃなくて、たぶんファッション写真をつくるのが好きでやっている気がするんです。
田村:まったくのフリーのエディッターやスタイリストと、一つの雑誌のファッションディレクターだと、やっぱり、やり方って全然違うんでしょ?
菊池:もちろん「ELLE」としてのディレクションの方向性があります。その中で、私自身が担当するページもあるし、別のスタッフがつくるページもあって、それを総合して一冊として「ELLE japon」になるように見ています。「ELLE」って35カ国ぐらい出ていてその中での競争もあるし、日本の中では、ファッション誌と言われる中での競争もありますよね。
田村:じゃあそこに、菊池直子としての個性がプラスされて、「ELLE japon」になるってことだよね。
菊池:そうなってる…と思うんですけど。基本的には、田村さんと仕事をしていた頃から、やっていることや思いは変わってないと思うんですけど…。でも、そこは私も悩んだ時期があって…。
田村:自分の仕事のやり方についてってこと?
菊池:日本のファッション誌のつくり方って、編集者がいて、スタイリストをキャスティングして、テーマにそって服を集めてもらって…。スタイリストが雑誌のスターじゃないですか。でも、私の場合は、企画も考えながら、スタッフのキャスティングも、スタイリングも全部自分でやるから、私って何なんだろう、本当はスタイリストなのか、エディッターなのかって思ってた時期があるんです。でも、広告とかの仕事だと全部をやって1つの仕事というのが多いから、じゃあ、私はディレクターのほうがいいのかなと思うようになって、「ELLE iapon」と契約する前からディレクターにしてるんです。そのほうが、仕事もすごく速いし…。
田村:そうだよね。雑誌でも広告でも、自分の責任でファッション感連は全部ディレクションをするってことだもんね。
菊池:そうなんです。それが、一番自分にしっくりきたんですよ、やってるうちに。全体を把握できるポジションのほうが、自分のやりたいことを表現しやすいって思うようになったんです。
日本人スタッフと仕事をしてその才能と実力を示して行きたい
田村:現場で、大事にしてることは何ですか?
菊池:スタッフですね。自分一人で写真を撮れるわけじゃないから、カメラマンとヘアメイクと私の、自分たちが思い描くイメージをつくっていくチーム。
田村:それでは、そのスタッフに求めることって何?どういう人と組みたいと思う?
菊地:私の提案した企画を、面白いと思って一緒にやろうと思ってくれる人。だから、ヘアメイクでもカメラマンでも、みんなでディスカッションして、このファッションで、このモデルでどんな写真をつくるか、写真の全体像を捉えて一緒に考えてくれる人がいいですね。
田村:ああ、メイクの人って、もっとディテールで話す人多いからね。前髪のこの部分、これどうしますか?って言われても、自分で考えろって思っちゃうよね(笑)。
菊池:そう、そうなの。もっと大きなイメージを掴もうとして精一杯なのに、それ今じゃなきゃだめ?って思っちゃう。それに、たぶん若い子たちは、細かく確認してくれてるんだと思うんだけど、こんなふうに考えたんですけど、どうですかって、もっと主体性を持って、自分をアピールしていくべきだと思う。
田村:カメラマンは作品で決めるの?
菊池:作品だけでは決めないですね。作品の写真がすごくいいとか、名前は重要ではないです。例えば、ファッションカメラマンじゃなくて、風景とか、ファッションじゃないものを撮ってきた人がファッションを撮ると面白いかもって言う発想から始まったり…。やってみたら、お互い刺激になって、どんどんフィーリングが合ってきて、ファッションカメラマンとしてスターダムにのって、ということはよくあります。で、他の雑誌でもやり始めたら、次の人を探さなきゃってなるんです。
田村:今後仕事してみたいカメラマンはいますか?
菊池:有名カメラマンで憧れる人はいるけど、今は、日本のカメラマンとやっていきたい、大事にしたいって気持ちが強いんですよ。私が日本に残った理由とリンクするんですが…。
田村:海外に行くことも考えてたんだ。
菊池:みんな海外に行き始めたころ、わたしもパリに行きたいと、実は思ってたの。思ってたんだけど、「ELLE japon」をやるようになって、日本にもすごいひごい人たちがいて、いい仕事ができるんだから、それを示していく必要があるんじゃないかって、改めて思ったんです。
田村:何か、きっかけがあったの?
菊池:日本の中で、毎月毎月撮影するのって、すごく大変な苦労なんですよ。そうやって頑張ってる日本人カメラマンやスタッフの姿を見て、ヨーロッパの人と同じ舞台を与えてあげて、日本人も こんなにできるんだっていうことを示したいって思ったんです。そういう事を、私がやらなきゃって。彼らだって、そういうのがないと、ストレスたまっちゃうだろうし。だから、パリやニューヨーク行くなら、たまには日本人カメラマンを連れて行って向こうで撮らせてみたいと思うんですよ。
田村:自分の役割みたいなものを感じはじめたんだ。
菊池:そうかもしれません。でも本当に、日本って、ファッションに対する理解が低いんですよね。だから、撮影場所はどこもNG,NG,NG,で、撮りたくても撮れない所だらけですよね。パリに行けばお城だって撮影させてくれるし、許可してくれる範囲が広い。日本だとスタジオで表現しようとしたり、どこかにセットをつくったり…、大変ですよ。
田村:ファッションが、文化的な事業と思われてないからね。フランスは、ファッションが自国の最も大事な文化であり産業だと位置づけてるから、ルーブル美術館の地下にコレクション会場をつくったりしちゃう。日本も、これだけファッションで注目されてるんだから、国家的に後押しすればいいんだろうけど、それが分かる政治家がまずいない。
菊池:そうなんですよね。東京ファッションウィークも試みてはいるけど、通産省の管轄なんですよね。やっぱり、文部科学省の管轄でやってほしい。
田村:貿易とか、ビジネスとして見てるからだろうね。
菊池:もちろんビジネスではあるんだけど、その前に、社会全体がファッシヨンを文化として捉えるようになると、撮影場所一つとってもやりやすくなりし、才能のあるスタッフがもっと活躍できると思うんですよ。
田村:菊池さんのような人が若い才能を育てたり、活躍できる環境を考えてくれるってすごく頼もしいです。頑張って下さいね。
菊池:現場で、歳が上になってきて、田村さんや先輩たちがしてきてくたことを、今後は私がする番になってきたってことですね(笑)。